第69話

「人と人ならざる者達との架け橋となる……それこそが我らの理念なのだ……!」


「こんな物まで使って……架け橋……ねぇ」


 一通り解析を終えた傀儡の宝玉を放り、魔力の矢で撃ち抜く。なんて事の無いガラス玉が砕ける様にして、宙の手の中で無惨に飛散した。


「架け橋って言うのが本当だとしても、手段を選ばないと言う事だろう? だったら滅殺派と大した違いは無いじゃないか」


 大方、魔物を操って戦力にでもしようとしたのだろう。人と人ならざる者達との架け橋とは、どの面を下げて口にしたのか。


「丁度良い機会だから聞くけれど、アンタ達のトップは誰だ? 穏健派には居ないよな、あそこは地道な抗議活動に力を入れているし、実質的には別の組織なんだから。滅殺派、それと新星派、誰を潰せば消えるんだ……?」


「だ、誰が貴様なんか……ひぃっ!?」


 指鉄砲の形を作り宝玉を砕いた光を滞留させると男は身を縮め顔を背ける。


「まあ別に良いよ、話さなくて。聞ければいいかなって思っただけだから。後は騎士団の人達に任せるからさ」


 正直なところ、どうでもいいのは本当だし、話してくれるとも思っていない。俺にとっての禍奏団なんてただの貯金みたいなものだ。お金に困った時にでも殲滅してしまえばいい。


 ――――いつまで現実を見ないつもりだ。滅ばせ、邪悪の者共を。


「くっ……化け物め……!」


「……だろ?」


 それからは事後処理に、とは言え騎士団に身柄を引き渡し、詳細を説明しただけなのだが。ひと段落ついた頃には一時間程度は経過してしまっていた。


 逆算した馬車の残り日数を計算し、冷や汗を掻きながら元居た地下空間へ舞い戻る。


「うおおおおっ! 飲め飲めぇっ!」


「ギャハハハハハッ!!」


「……まだやってらしたんですのね」


 襲撃の剣呑な雰囲気はどこへやら、何事も無かったと言わんばかりの光景が続いていた。


「げぼげぼっ! ごほっ、ごほっ! はぁ、おいしい……おしゃけおいしいっ!!」


「おいヘレル! いい加減に出発するぞ!」


「ま、待ってってばぁ! あと十時間ぅん!」


 完全に酔っ払ってしまい、目も虚ろなまま酒樽にしゃぶりついているヘレルの姿。もうどうしようも無いと頭を抱え、一時間経っても離れない様なら無理矢理引き摺って行こうと覚悟を決めた。


「あっ……ザインさん、先程の方達は……一体……?」


「迷宮内の魔物達を操る為に来たらしいよ。騎士団に引き渡したから、もう安心だ」


 座敷童子が迎え入れてくれ、差し出されたお茶を礼を言って受け取る。他の魔物達も勝負には目を向けているものの、チラチラとこちらへ視線を飛ばし、興味を示している様だ。


「聞いたか、さっきの」


「あの魔法使いさんが助けてくれたらしいぜ?」


「……ちょっとカッコいいかも」


「…………ふむ」


 それぞれがそれぞれの反応を見せなているものの、結局は勝負に夢中になっている。こちらも黙って観戦していようと腰を下ろした瞬間、酒呑童子がいきなり酒樽にもたれ掛かった。


「あーれー、もうだめじゃあ。妾、酔ってしもうたぁー」


「ど、どうした酒呑童子様ぁー! あの無敗伝説を誇る酒呑童子様がいきなりノックアウトだぁー!」


 なんという棒読み、どうして急に演技に走ったのだと疑問に思うが、酒呑童子はふらふらと立ち上がりヘレルへと近づく。


「ヘレルよ、お主の勝ちじゃぁー。ほれ、お目当ての『水酒瓢箪』をくれてやるわいぃ」


「げぼぉ……おえぇ……げほっ……ぐっ、へへ……へぇ……ウチの……勝ちぃ……」


「ここで勝負ありだぁぁぁぁぁ!! 勝者は挑戦者のヘレルぅぅっ!! なんとなんとの巻き返し、無敗の酒呑童子様が遂に敗北してしまったあぁぁぁぁぁっ!!!」


「塗壁よ、あまり騒いでやるな。酔っ払いに高音は効く」


 聞き苦しい嗚咽の声を鳴らしながらヘレルは瓢箪にしがみ付き、酒呑童子は舞台を下りながら俺の方に手を上げる。


「酒呑童子様……」


「すまぬな、世話になったようじゃ。おかげで催しが滞りなく終わったわ」


「別に気にしなくていいですよ。アイツら、ここにいる全員を操ろうとしていましたから」


 あくまでも自衛の為であると論すが、酒呑童子は聞き入れず大手を振るう。


「随分と時間を気にしておるな。後どの程度はおれるのじゃ?」


「そうですね……余裕を持って出発したいので、一時間程度なら……」


 同時に湧き上がる魔物達の歓声。皆が諸手を上げて喜び、忙しなく料理や酒を並びなおしている。


「かかっ、聞いたな! 一時間は時間があるらしい……ここに住まう者達を守ってくれた礼を尽くすには十分よな!」


「あ、あの……これは……?」


「宴の時間だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 元来、酒天の迷宮に住まう魔物達は宴好きなだけらしい。食べて、飲んで、騒いでと、その行為へと至る理由を求めているという、なんとも騒がしく、愛嬌のある魔物達が揃っている。


 意思疎通が取れるだけではなく、これほどまでの個性を見せつけられてしまうと戸惑うと同時に愛着も湧いてしまう。こういった馬鹿騒ぎをしてこなかったからか、非常に心が穏やかになったと自覚出来た。


「ここは特別で、余所の迷宮にこんな光景はありえぬものなのか……寂しいものじゃのぉ……」


「魔物って存在は人類にとっての敵対者……害しか無いから駆除するっていうのがこの世界の常識ですからね……」


「余所の迷宮に無い人の様な営みを……始祖様は求めていたのかも知れんの……」


「そうだと……素敵ですね」


 彼か彼女か、俺の知らない場所でこの世界の常識を築き上げた魔法使いは十年前にこの世を去った。悪人としてしか語られないが、そんな優しい側面を持っていたらなと、彼等を見て思う事が出来た。


「また来るがいい。次はもう少し、ゆっくりする算段をしての」


「ば……ばいばーい……」


「はい、今度は家族と一緒に……座敷童子も元気でな」


 酒呑童子と並ぶ座敷童子はペコリと小さくお礼をし、背後に立ち並ぶ魔物達も一斉に歓声を上げ、諸手を上げて別れの挨拶を叫んでいる。


 だというのに、未だに飲んでいる連中がいるのだから、とんだ宴好きなのだなと、もう一度だけ小さく笑う。


「うぷっ……やばぁ……久しぶりに飲み過ぎたぁ……」


「背中で吐くなよ……っと」


 宙へ浮遊し、振り返りながら手だけで別れを告げる。背中に背負ったヘレルもまた、瓢箪を握った腕を振り、別れを告げた。


「あっ――――ムリ――――」


「えっ――――?」

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