第68話

「――――と、こんな感じかな。他にも大きい街や国もあるんだ。ここらじゃアモエヌス皇国って所が一番大きいかな」


 人の生活について、アストナーク周辺について、今の時勢がどうなっているかなどを座敷童子に話してあげる。


 彼女は意外にも表情をコロコロと変えながら、話題に応じた反応を見せてくれる。多彩な返しは喋る人間を引き立てるというが、それを実感させてくれた。


「禍奏団……その様な輩も出回っているのですね……」


「神格を否定して人の時代を取り戻すだのと謳っているらしいが、今俺達が築いた物こそが人の時代そのものなのに……社会に反発する人間はどんな時世でも現れる物なんだ」


「中々に荒れているのですね……外の世界というものは……」


「中々にね。禍奏団の中にも幾つか派閥があるらしくてね、穏健派もいるにはいるけれど、力の関係では滅殺派とやらがトップみたいなんだ」


「なるほど……」


 座敷童子は随分と考え込む様にして顎に手を添える。彼女が聞きたかった事とは本来こういったものなのか? もう少しフランクな話題を出した方が良かったかもしれないな。


 もっと手軽で、尚且つ楽しめる話題。とは言え先程までで随分と話題が枯れた様にも思う。


「ザインさんは転生者様なのですよね?」


「えっ? ああ、うん。確かにそうだけど……」


 やっと本題に入れたかの様に彼女は一呼吸置き、注意深く話し始める。


「わっち達の……始祖様はご存命でしょうか……?」


「始祖様……『十界の魔法使い』の事か?」


 俺の返答に座敷童子はコクリと頷く。


 『十界の魔法使い』、以前アモエヌス皇国が出来る前に存在していた国の王様。世界中の転生者を集め、自由気ままに生活を送っていたら、この世界の住人の怒りを買ってしまったのだ。


「さっきもちょっと話したけど、昔カドゥケウス大戦っていう大きな戦いがあったんだ。転生者対この世界の戦いが。少なくとも、十界はそこで戦死している筈だよ」


「やはり……そうなのですね……」


 彼女曰く、世界中に現存する迷宮の全ては十界の魔法使いによって創造されたと言う。国だけではなく、世界までも箱庭にし、好き放題をした結果が彼女達である。


「……寂しい?」


「いえ……皆さんも死んでいるのだろうなと噂していましたから……納得がいきました」


「そっか……座敷童子はさ、いつか外に出てみたいって思わないのか?」


「興味はありますが、出たいとは思いません。ここがわっちの世界ですから、ここで最後まで生きて行きたいと思ってます」


 儚げな彼女の笑顔と共に、先程命を奪ってしまった魔物の姿を思い出す。こうまで話が出来て、意志の疎通が図れる相手の家族を殺してしまい、居心地が悪い様に負い目を感じる。


「さっきの……大太法師……だったか、悪かったよ。君の家族同然なのにな……」


「気にしないで下さい、侵入者を攻撃するのが彼の役目ですから。それに――――」


「あぅ――――」


 座敷童子の肩から聞こえてきた小さな呻き声。注視すると肩に掛かる髪を掻き分け、豆粒サイズになった大太法師が顔を出す。


「ぼっちさんは死なずの魔物ですので、やられてしまえば萎むだけなのですよ」


「あぃ――――」


「そ、そっ……かぁ……えと……ごめんな、ぼっちさん」


 人差し指を差し出すと気にするなとでも言いたげな仕草で指を叩かれる。ぼっちなんていう俗称にも似たあだ名を付けられているというのに、随分と気前の良い性格らしい。


「ぼっちさんは――――」


 座敷童子が何かを語ろうとした瞬間、遮ったのは爆発だった。白く濁った雲間が割られ、瓦礫の灰色が俺達目掛けて降り注ぐ。


 飛来する瓦礫の全てを空中で静止させ、地上の迷宮内からの侵入者が姿を現す。


「四人……いや、まだ上に一人居るな……五人か」


「我等は禍奏団! 迷宮に集う魔物達よ……この宝玉を見るがいいッ!!」


 黒いローブを羽織った男達は緩やかに降下しながら、先頭の男が紫色の宝玉を突き出す。


 即座に解析を奔らせ対象物に流れる魔力の全てを掌握する。性質は傀儡、目にした生物を完全な操り人形へと変貌させる遺物……ではなく、神格が持つ権能の色香を放っている。


「わっ……こ、これが境界というものなのですか……?」


「瓦礫を止めてるのが境界、あそこの……見えるかな? 紫色の光を放っているのを止めたのが『レジスト』、簡単な妨害魔法だ」


 両方とも境界で止めても構わないのだが、折角の機会なのだから魔法の練習台にさせて貰った。


 次第に襲撃者達は困惑する者も出始め、宴会騒ぎをしていた魔物達は変わらずざわめき続けている。


「酒呑童子……さん! アンタ達は飲んでてくれ! ぼっちさんの代役でアイツらを鎮めてくるよ!」


「ふむ……頼んでもいいかの?」


「それとヘレル! さっさと勝って出発するぞ! 馬車の利用更新なんて面倒なんだからな!」


「ごく……ごくっ……ぷはぁ! ちょっと待ってなさいよ! 今すぐにでも飲み勝ってやるんだからっ!」


「だといいけど……よっと」


 未だに空中で静止し、馬鹿みたいな面を下げて宝玉を掲げている禍奏団の男の前へと超える。


「ちょっと借りるよ」


「――――な、なにぃっ!?」


 呆気に取られている男を無視し、手に取った宝玉をひとしきり確認する。やはり神格、『傀儡の悪魔』によって創造された権能の一部で間違い無いらしい。一体どんな手を使えば神格殺しを謡っている連中が神格から手を借りられるのか分からない。


「何処で手に入れたんだ……? アンタらは滅殺――――」


「離れろ――――『ウィンド・エクスプロージョン』!」


「ふん……話を遮らないでもらっていいか?」


 先程同様、俺自身の魔法効果を無理矢理押し付け、対象の魔法を中断させる。


「ば、馬鹿な……! この速度でのレジストだと……!?」


「取り敢えず、この中で一番偉い奴は居るか? 少し聞きたい事があるんだが」


「て、撤退だっ! コイツが話に聞いていた……境界の魔法使いだっ!」


 相対的に見れば男達はかなりの速度で上昇をするが、俺から見ればなっていないと言わざるを得ない。上に残った一人が一気に四人を宙に浮かせていたのだろう。


「まあ……話は上の奴に聞くか……」


 四人の体を通り過ぎながら光の鎖で絡め取る。一様の呻き声を上げながら拘束され、全員を捕まえたと同時に境界線を越える。


「がぶっ――――!?」


「大当たり」


 境界線を跨ぐのと同時に真横からのドロップキックを顔面に食らわし、無様な悲鳴を鳴らしながら壁に叩き付けられる。拘束した男たちは適当な壁面に叩き付け、壁と魔法との間で縛り付けてしまう。


「お前達は滅殺派だろ? つまりは神格を一掃したい筈なのに……どうしてこんな物を持っているんだ……?」


「くぅ――――!」


「別に今すぐ禍奏団を潰そうって言ってるんじゃない。ただ、これの出処を知りたいだけなんだ。つまりは、良からぬ事を考えている神格も居るって事だもんな?」


 自身の魔法が発動できないのか、フードの男は苦悶の声を上げる。


「ただの魔法使いが……いいや、例え特聖に至った魔法使いだって俺には敵わないんだ。別にコイツを使って吐かせたっていいんだぞ……?」


 右手に持ったままの宝玉を手で転がし弄ぶ。男の表情はみるみる内に恐怖に染まり、いとも簡単に口を割りそうだなと一息吐く。


「わ、我々は滅殺派等という野蛮な連中では無い。我々は――――新星派だ」

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