第66話

 迷宮内は見た目の予想通り日本の和風屋敷をベースに造られている。先が見えない程に果てしない木目の廊下に数々の襖。何の対策もせずに飛び込んでしまえば迷子になるのは必至だろう。


 当然魔物の数々が俺達を襲ってくる。本来、迷宮とはそういう物だ。


 だが、正直な話、俺が居る限りはだからどうしたと言わざるを得ない。苦戦も何もありはしない。自動反撃の魔法を張り、近付いた魔物は消え去るだけだ。


「うわ……すっご……。ザインって強かったのね……」


「未登録だけど、二つ名の魔法使いだからな。さっさと目的の遺物を持って帰ろう」


 ヘレルから羨望の眼差しを向けられるがまるで心に響かない。速やかに彼女の力を解明したいが、保護者を通さず勝手にというのは道理に適っていないだろう。非常に悔やまれるが、後数日の辛抱だと自制する。


 こんな所に大したイベントなんて配置されている訳がない。幾ら世の人々が苦戦を強いられる迷宮だろうと、俺にとっては遺物が生成されるだけの建物でしかない。


「奥はこっちだ。並んでいる壺には触るなよ」


「えっ――――?」


 まずはヘレルの困惑の声。次いでガコンという何かが外れた様な音。


 振り返ればヘレルの姿は無く、並べられた壺の前の床が落とし穴として機能しているだけだった。


「おんぎゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!! た、タスケロオォォォォォッ!!」


「バっ、バカヤロウーー!!」


 お猿さん以下の知能をお持ちであるヘレルを憂うよりも先に境界線で拾い上げようとするが、当然の様に弾かれる。


「ああ――――くそっ!」


 落とし穴が閉じ切る前に体を滑り込ませ、俺も重力に身を任せる。細長く、暗い斜めの穴は何処までも続いており、痺れを切らすかの如く俺は坂を駆け抜ける。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!? お、お尻がぁっ! お尻が割れちゃうぅぅぅぅぅっ!!」


「言ってる場合か……っとぉ!」


 ヘレルの襟首を掴み、腕で抱え上げる。だが、それと同時に長い落とし穴は終焉を迎え――――待っていたのは巨大な口だった。


「ぎょあぁぁぁぁぁっ!? 主だっ! 主ですっ! 主だってばぁっ! 大ボスが出て来ちゃったじゃないのぉっ!?」


 ここからでは全長が見えないが、歯の一つだけを取っても俺達二人よりデカい。流石にこんな巨体を目にするのは初めての体験だ。


「舌噛む前に口を閉じてろっ!」


 ヘレルの頭を自身の胸に無理矢理抑え付け、魔法を選定する。


 今発動している魔法では流石に規模が足りない。かなり強力で、尚且つヘレルに被害が被らないレベルの魔法を用いなければならない。


「『天羽々斬剣アメノハバキリ終焉日剣レーヴァテイン』」


 対象の存在がこの世から消え去るまで切り刻む炎の斬撃。対象を指定する為、周囲への被害はゼロであり、秘められた特性こそは巨人殺し。


 使う機会があるのかと疑問に思っていたこんな魔法だが、作っておいて良かったと一息吐く。


 一瞬なんて生温い内に口を開いて待っていた巨人は細切れ以下になり、炎によって燃え尽きた。単純な殺戮能力に特化しているが、魔物であるならば関係無い、問答無用だ。


「ふぅ……一丁上がりだ。腕も良い感じに戻って来たし……。それにしても……この空間は……」


 着地し、辺りを見回す。かなりの距離を落ちてきたというのに、目の前に広がるのは霜が降る巨大な山林。浮世絵から飛び出してきた様な山々が俺の目の前に広がっていた。


「んんんぅっ! んんんんんんっ!」


「んん……? ああ、悪い悪い」


 胸に押し付けたままだったヘレルからの抗議の呻きが聞こえ、急いで力を抜いてやる。


「――――ぶはぁっ!! バッカじゃないの、この馬鹿力っ!! あと一秒で死んでたわよっ!! ウチが死んだらアモエヌスの……人類全体の存亡の危機よっ! もっと丁重に扱いなさいよアホザインっ!」


「すまんすまん、肉体強化を掛けてたから。ちょっと力み過ぎたみたいだ」


「ちょっとじゃないってのっ!! ゴリラの方がまだ優し――――」


「ほう……大太法師だいだらぼっちをやるとは……中々の腕じゃな」


「ヒィッごめんなさいっ! 全部ザインがやりましたごめんなさいっ! ウチは悪く無いから殺すならどうかザインだけにして下さいィッ!!」


 ヘレルを腕に抱いたまま、頭を叩く様に抑え付け乱暴に撫で付ける。散々な言われ方をした俺の鬱憤を少しでも食らうがいい。


 声のした方向には百鬼夜行と呼ばれる光景が広がっていた。どうやらここは日本をモチーフにした迷宮らしく、様々な妖怪が大将の後に続き列を為している。


 最前列に居る人物。人型を保っている魔物が俺達に声を掛け、間違いなく魔物の群れの大将なのだろう。


 黄金色の長髪に曼荼羅が描かれた着物。額には二本の角が伸びており、手首には赤い瓢箪が括られている。


「良いだろう……其方を客人としてもてなしてくれようぞ」


 身長が二メートルを超えた百鬼夜行の総大将が、歓迎の微笑を浮かべる。

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