第65話
俺の力の性質上、移動時間というものには縁遠い。目的地に用事があるのだから、移動が短縮できる事はとても喜ばしいとも当然思っている。
だが、ダンタリオンから連れ出された温泉旅行から一転し、こういう馬車の旅も悪くは無いなと思う様になってきた。馬車に揺られながら木漏れ日に照らされ、ウトウトと首を傾ける。こうして流れる時間を肌で感じる事こそが、人を人たらしめるのだなと改めて実感させられた。
「ザインー、お酒が切れたんですけどー。何処かで補充しておきましょうよー」
おや、馬車の窓辺に小鳥が止まってきた。休憩時間を必要としているのか、俺が側に居るというのにしつこく首を振っている。疲れたのなら少し休んで森に帰るといい。
「ねぇー、聞いてるぅ! 我が話し掛けてるんですけどぉ!」
ヘレルの声により小鳥は急かされた様に馬車から飛び立ち、俺は現実へと引き戻された。
「……瓶で……十本……買ってた……よな……」
「だから飲んじゃったんだってば! 十本なんて一晩でペロリよ!」
ヘレルは胸を張り、自信満々に叩く。そりゃあこんな飲み方をしていれば追い出されもするだろう。コイツの保護者には同情せざるを得ない。
「……我慢してくれないか? 次の街までは二日掛かるんだ」
「ザインならすぐに転移が出来るんでしょっ! 買ってきてっ! はやくっ!」
今ならば、この瞬間ならば男女平等パンチを繰り出しても怒られないんじゃないだろうか。だが、ヘレルにパンチを繰り出せば変な方向に捻くれる人間性をしている事を知っている。
平常時ならば腹が立つが隅でイジケられても面倒臭い。どうしようもない人のモデルの様な存在がヘレルという神様だ。
「お客様、左手をご覧下さい。【酒天の迷宮】が見えてきましたよ。お酒がお好きなのでしたら、立ち寄ってみては如何でしょう?」
「しゅ、しゅてんっ!? ホ、ホンモノなんでしょうねぇっ!?」
どうしたものかと手をこまねいていると馬車を引くヒッポス族の女性から声を掛けられる。俺が眠っている間に絡み酒でもされたのか、はたまたヘレルに困らされている俺への助け舟のつもりだろうか。
どちらにせよ助かった。こちらとしては幾らでも飲ませたって構わないが、後々保護者に何を言われるか見当もつかない。『家の子にお酒を上げないで下さい』などと言われてしまい、旅の金額を支払ってくれなければ事だ。この馬車でアモエヌスに行くだけでも一ヶ月は飯が食えるというのに、五日間の貸し切りまでしているのだ。
正直、かなりの無茶をして出発してしまった。これで支払いはゼロなどと言われてしまえば……まぁ、それでも問題は無いか。そうなればお金を名目に禍奏団とやらを捻り潰せばいいんだから。
思ったよりも大した事の無い現状を確認した所で先頭に走っていったヘレルを追う。
「それで……酒天の迷宮っていうのは……?」
「見て見てっ! あれよ、アレっ!!」
興奮したヘレルが指差すのは馬車を引くヒッポス族の後頭部……ではなく。馬車の左側に聳え立つ迷宮の姿だった。
一言で言うなれば、巨大な武家屋敷。屋根や塀の節々には金があしらわれた装飾が施され、まさしく金持ちの住んでいる家とやらを連想させられる。かなり距離が開いているというのに、ツンとした強い酒の匂いを鼻に叩き付けられた。見ているだけで酔っ払ってきそうだ……。
「『
「ザイン――――」
「ダメだぞぅ、そんなキラキラとした目をしてもダメだぁ。ヘレルが絶対に関わっちゃいけないタイプの遺物だからなぁ」
「ふざけるんじゃないわよっ! イヤだイヤだっ! 行きたい行きたい行きたいィッ!! ザインのバカっ! アホっ! うんちっ!」
やめろ俺、耐えろザイン。振り上げたままの右手を振り下ろすんじゃない。ここでぐずられたらそっちの方が面倒臭いだろ? 大人になれ、大人になるんだ。
「ほ、ほら……いくら量が飲めてもだろ? 味というか、質だな。やっぱり量より質を取るのが真の酒豪ってヤツじゃ無いのか? 安い酒で胃袋を満たして満足してしまうのか?」
「我は……我は……元々あんまり酒を飲めなかったの。お小遣いが少なかったから……! 安い酒で我慢しなくちゃいけなかったの……!」
ヘレルは目元を髪で隠す様に伏せ、悔しそうに肩を震わせている。そうだよな、コイツにだって高い酒で満ちたいという願いがある筈だよな。
「けどね、ウチは行き着いたの――――酒は酔えれば何でもいいと……!!」
ああ、駄目だ。ヘレルの目には酒以外の文字が見えていない。俺ごときの舌ではヘレルを屈服させられない。ならば俺も覚悟を決めるしかない。もしかしたら今までで一番しょうもない事に頭を悩ませていたなと後々思ってしまった。
もしもの時、お金が必要になってしまったら禍奏団に潰れていただこう。
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