第64話

 ヘレルという女神を知り、俺は確信した。いち早くコイツを主人の元へ送り返さねば、誰かに迷惑として被ってしまう……と。


「一緒に謝ってやるから……帰ろう?」


「ハァッ!? アンタも我が悪いって言うのっ!? 在り得ないんですけどっ! 絶対に謝んないからっ! 帰んないからねっ!」


「ヘレルの親御さんは何処に住んでるのかな? お兄さんがァ……一緒にィ……謝ってあげるからァ……」


「ヒッ!? も、もしかして……怒ってる……?」


「……怒ってないよ」


 だが、あと一歩だと自覚して欲しい。焚き火の上をガソリン被ってタップダンスしている自覚を、是非とも持って欲しい。


「し、神聖アモエヌス皇国……の……結構偉い人……」


「アモエヌス……大分遠いじゃないか」


 【神聖アモエヌス皇国】。カドゥケウス大戦を起源にして転生者の集団から勝ち取った領土。


 以前まで国を占領していた転生者達を連合軍が一掃し、勝利の地として尊ばれる事から神格が大勢暮らしている。復興を手伝った者達が住み着き、十年足らずで世界最大の都市にまで発展したのがアモエヌス皇国だ。


 何故そこまでの発展を見せたのかは現皇帝の手腕と軍を持たない国是が理由だろうが、今は関係無いなと端に追い遣る。


「まあいい、超えるから、掴まれ」


「へっ? こえる……?」


「いいから、ほら……」


 やれやれと手を伸ばし、ヘレルの手を握り、アモエヌスまでの境界線を――――。


「――――え?」


 巨大でもなく、強力でもなく、当たり前の事が当たり前の様に、事実として現れた。阻まれる物など何も無いというのに、俺の境界はヘレルの体から弾かれたのだ。


 今までの人生の中でどれ程探しても見つからなかった。そんな存在がヘレルだとでも言うのか。彼女は、もしかしたら俺に並び立てる存在なのではないか。あまりにも日常的な雰囲気から一転してしまい、脳が処理出来ずに困惑している。


「あの……もしかして……怒ってたり……する?」


「何とも無いのか?」


「何ともって……何かしたの?」


 力自体が消えている訳では無い。この瞬間にもありとあらゆる境界線を認識出来る。だが、ヘレルにだけはそれが出来ない。この世の物である筈なのに、この世の物で無くたって、境界線は存在するというのに。


「行こう……」


「えっ?」


「俺がお前をアモエヌスまで送ってやる。だから、教えてくれ……ヘレルの事を……!」


 肩に掴みかかるとヘレルは少し怯えるが、すぐに何かを思い出した様に嫌らしい顔を浮かべ、ほくそ笑む。


「そう言えばー、高級馬車で帰りたいなぁー。フカフカなベッドが付いてるやつぅ」


「ああ、手配するよ。アモエヌスまでなら……五日もあれば着くか……?」


 こうしてはいられない、すぐに発たなければ。不味いな、冷静じゃない。興奮が収まらない。こんなに鼓動が高鳴ったのは初めてだ。


「ぐえっへっへっ、良い感じのパシリゲット」


「ん? 何か言ったか?」


「ひゅ、ひゅーひゅひゅー? な、何も言って無いわよー?」


 そこからの行動は早かった。リゼへ旅行に行くと伝え、手早く馬車を手配し、荷物を纏める。


「いいの? ホントに良いの? 服まで新しくして貰っちゃって……」


 ボロボロだったゴスロリは新品に代わり、ヘレルが纏う雰囲気が引き締まった様な気がする。口を開かなければ美女な辺り、ダンタリオンと同じ匂いがするな。


「ああ。向こうに着けばヘレルの主人……? 契約者……? どっちでも良いか……保護者が支払ってくれるんだろ?」


「うーん……それもそうね」


 本当に大丈夫なのかは分からないが、彼女が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。後で痛い目を見るのはヘレルだけだろうしな。


「そうだ、出発の前に大事な事を聞き忘れてた」


 旅行の準備に走り、ある程度は落ち着いた鼓動を抑え付ける事が出来た。そもそもの根源、何故境界が通用しなかったのか。理由は道中で解明するにしても、まずは簡単な質問だけを投げ掛ける。


「お前は……何の神なんだ……?」


「『星の神』よ――――絶賛信者募集中だから、よろしくゥ!」

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