第63話

「おい……おい……起きろってば」


「んがっ!? うぅん……なによぉ……人が折角気持ち良く寝てる時にぃ……」


 驚く程早く睡眠から覚醒した女神は当然の様にベッドで胡坐をかき、近場に転がっていた茄子を齧る。


「んむ、んむ……でっ? 誰よアンタ。ここは我の家なんですけど? あっ、もしかして不法侵入ってやつですか? ぷぷっー、はい罰金確定ー! 今なら五万ゼニ―で許してあげるわよ! ついでに信者にもさせてあげるわ! このヘレル様を崇め奉れるなんて二度とない栄誉よ? アンタ程度の人生が十回重なったって巡り合えない奇跡と言ってもいいわね! さぁさぁ、早く! 身も心もヘレル様に捧げますと言いなさい!」


「えぇ…………っと」


 待ってくれ、展開が早すぎる。何でコイツは当たり前の様に空き巣した家に住み込んでいるんだとか、床に転がっていた野菜をそのまま食すのとか、犯罪者呼ばわりとか、信者になれとか、罵倒の数々を繰り出すだとか。


「なになに、聞こえなーい! もっと大きな声で言いなさい? 恥ずかしい事なんて無いんだから! ほら『ヘレルさまー、だーいすきっ! こんなナメクジの信仰心を受け取ってくださーい』ってね!」


 うん、びっくりした。俺が彼女に対する総評はこんなものだろう。


 ヘレルと名乗った女神はもう一度、得意げに茄子を齧り、決め顔を繰り出す。


「取り敢えず……何か食べるか?」


 ついでに一言、見ていられない。何だか悲しくなってくる。容姿以外の全てにペケマークが付きそうな彼女は、ある意味で人を動かすカリスマを持っているのかもしれない。


 屋敷の方から適当な材料を拝借し、簡単な野菜スープだけを作ってやる。少しだけ味気ないが、別に満足させる為に作る訳ではないから丁度良いだろう。


「さ、召し上がれ」


 さて、まずは何から問い詰めるべきだろうかと頭を悩ませ、隅の方に残っていた紅茶をカップに注ぎながら思案する。


「ふぇっ――――」


「え?」


「ぶえぇぇぇぇぇんっ!! えぐっ……おえぇぇぇぇぇんっ!!」


 ビーバーの鳴き声が耳元に直撃したのかと疑いたくなる程の音圧を受け、咄嗟に防音魔法で対処する。ヘレルを見れば大量の涙と鼻水で顔中がグチャグチャになっていた。


「ど、どうしたんだよっ!? まさか嫌いな物が入ってるとか言うんじゃないだろうなっ!」


「ひぐっ……うぐっ……違くて……! ウチ、こんな優しくされたの……はじめてだからぁ……!!!」


 もう嫌だ。コイツには関わらない方が良いんじゃないか? このまま家を明け渡し、別れを告げるのがベストなのでは。


 ヘレルはテーブルに置かれた野菜スープを皿の底までしゃぶり尽くし、勢い良く器をこちらに差し出す。


「うぐっ……ぐすんっ! おかわりっ……」


「ああ……はい」


 言われるがままにスープを注ぎ足し、一瞬で空にされる。一体どれだけ腹が減っていたんだ、この子は。


「ぐすんっ……ありがと……」


「はぁ……どうも」


 上手そうに食べて貰うのは悪い気がしない。だが、悪い事をしたこの子は一体どうしたものか。


「改めて……自己紹介でもしようか。俺はザイン、ここの家主だ」


「……ヘレル」


「ヘレルはどうしてここに? なんで人の畑を荒らしたりしたんだ?」


「……食べて……無い」


「は?」


「ヒィッ!? 食べた食べたっ! 食べましたからごめんなさい許してください何でもしますからぁっ!! 命だけは、命だけはぁっ!!」


 感情のジェットコースターに轢き殺されない様に遠巻きに観察しながら吐き出す言葉を選定する。何でいきなり嘘を言うんだ、子供かこの子は。


「主人に……捨てられたから……行き場所が無くって……」


「主人……? 神を使い魔にでもしているって事か?」


 主従契約の魔法は存在するが、神格相手に試みた人間は初めて聞くな。そもそも、並みの人間がそんな大それた事が出来るのか?


 ヘレルも何かしらの思い過去を背負っているのかもしれない。俺のルールを慮るのならば、聞かない方が賢明な筈だ。


 だが、こんな小さな、子供の様な彼女を放っておいて良い筈がない。せめて、何か聞くだけならば、ドナメキの様に俺が動ける糸口が見つかるかもしれない。


 そして語られる、ヘレルの悲しき過去。


「最初はお酒の飲み過ぎだって注意されて……次第に言動がエスカレートしていったの。自制しなさいなんて言われて……出来る訳無いじゃない……!」


「うんうん…………うん?」


「あろう事か、禁酒しなさいって取り上げたのよ……! 仏様と同じぐらい懐が深い我も我慢が出来なかったわ……! 隙を見て飲みまくってやったわっ!」


「…………」


「追い出される前になんて言ったと思うっ!? 『暫く頭を冷やしなさい』、ですって!? 我はこう言ってやったわ、『アンタが居なくたって生きていけるわよっ!』……ってね!」


「――――お前の所為じゃねえか」

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