第55話

「ちょろいなぁ、ザインは」


「うるさい」


 俺達二人は大した装備も身に付けない浴衣のまま、卵の入った袋をぶら下げて火山への道を歩く。観光気分ではあるものの、目指すのは火山の奥地である。


 熱気が視界をぼやかし肺にすら汗が掻きそうな程だが、そこは魔法の力で快適な膜を張っているので問題は無い。ここを生身で進むとなれば、相当に辛い筈だ。


 別に少年の姉を見つける為では無いが、急いだ方が良さそうだ。


「つーか暑すぎない? 歩き辛いしさ、さっさと秘湯とやらを見つけようぜー?」


「魔法で防護してるだろ……それに、まだ二十分も歩いてないぞ」


「もうお姉ちゃん死んでるってばぁ。何で奥の方に歩いてるんだよぉー」


「パンフレットにも書いてただろ? 奥地には絶景と共に楽しめる秘湯がどうのって」


 ダンタリオンはこればかりだ。駄々をこねて俺の肩にしがみ付き、足を引く。魔法を掛けているとは言え、人一人分から引かれながらでは流石に体力を消耗してしまう。


「せめて報酬だけは貰えばいいってのに……飲み代二回分ぐらいにはなるだろ」


「この人手無しめ……」


「人じゃ無いですぅー、あくまで悪魔ですぅー」


 ぶん殴ってやりたい。肩が重いし着崩れる。今更になってコイツと旅行に来た事を後悔してきた。


「せめて姉ちゃんと一発ヤレるとかさ? 男ならそれぐらいの強情を見せてくれよ。タダ働きは割に合わんよ、マジで」


「働く訳じゃ無いんだって。秘湯を目指し温泉卵を食す……ただの旅行の一コマだ、だろ?」


「だろ? じゃねえよ。無駄にカッコつけやがって……そんなに助けたいならルールなんて捨てちまえばいいのに」


 突如、俺の背中に圧し掛かる重量。柔らかい二つのソレと同時にダンタリオンの髪が俺の耳元に掛かる。態勢を崩さぬ様に肉体を魔法で強化し、もたれ掛かってきた彼女を受け止める。


「ザインはさ、欲とかねえのか? 何かをしたら何かを貰うって、当たり前の事だと思うぞ? ウィンウィンの関係が成り立つから世の中回ってんだから、良い事したら善意を受けるぐらいしてもいいだろ」


「何だよいきなり。つうか、重いから離れろ」


 引き離そうとするがダンタリオンは更に俺へと擦り寄ってくる。こうなった彼女は最後まで話を聞かないとどうにもならないと知っている。


「オレはさ、ザインが好きだ。だからセックスしたいし、お前の全てが知りたいんだ。ここまでは解るな? 子供じゃねえんだからよ」


「一応、未成年だ。それに、俺はお前が嫌いだ。だから恋愛対象とかそういうのには絶対ならない。解るだろ?」


「あーあぁ、こりゃあ性欲が枯れてますわ。気持ち良いからヤろうぜって言ってんのに……体から始まる恋もあるだろ。ほらほら、この街なら邪魔者のレオナも居ねえしさ、一皮剥けようぜ?」


「俺はまだプラトニックな感じが良いんだよ。そんなに俺が欲しいなら、恋させてみろ」


「ウッ――――」


 これまた突然質量は消え去り、ドサリという音と共にダンタリオンは地に伏せる。腹を抑え地面に蹲り、気持ちの悪い上擦った音を喉から鳴らしている。


「……なに? どうした、腹痛か?」


「はぁ…………好き。もっと燃え上がったわ。じゃあ恋をさせつつ体も狙う方向で攻めようと思うがどうだろう?」


「……ハァ」


 少しでも心配をしてしまった数秒前の俺をぶん殴ってやりたい。ダンタリオンはこういう奴なのだと、しっかりと魂に刻み込まねば。


「ほら、さっさと行くぞ。早く風呂に浸かりたい」


「おう、混浴だな。因みにベロチューまではオーケーだったりしないか?」


 こいつは……まだ言うか。


 早々に無視を決め込み、少年の姉とやらをついでに探したりしながら、目的地である秘湯を探す。

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