第54話

「ちょろいなぁ、ザインは」


「……やかましい」


 温泉街ドナメキへと向かう馬車の道中、揺られながら着替えた浴衣の裾を正す。


「こんな物まで用意されてるなんてな」


 随分気の利いた旅行プランだと溜め息を吐かせられる。旅行馬車はヒッポス族、見た目は完全な馬だが人間的な知性を備えている希少種が牽引を行う。


 会話が通じる馬というのは非常に特別で厚遇されている。貴族や王族を引く馬車の全てはヒッポス族に任せられており、旅行会社でも彼らの存在はとても歓迎されている。


「『火山内部には秘湯あり。腕に自信のある方は是非とも挑戦をお試し下さい』。秘湯ねぇ……興味はあるけど、高級旅館の温泉があるものなぁ……」


「へぇ、そういうのに興味無い人だと思ってたのに。意外とロマンがあるんだな」


「意外とは余計だ。いいじゃないか、知られざる温泉。別の機会に立ち寄れたら良いかもな」


 今回はドナメキきっての高級旅館に泊まれるのである。せっかくならばその真髄の悉くを吸い尽くさねば損というもの。秘湯を探す冒険は次の機会にという事で。


「お客様方、前方に目的地が見えて来やしたぜ」


 馬車を引くヒッポス族の男がこちらへ話し掛けてくる。窓の外を見てみれば湯気が立ち昇る街の様相が姿を現した。


 【温泉街ドナメキ】。ドナメキ火山の周辺に街を建設した歓楽街である。様々な種類の温泉や火山内にある坑道の無料開放。他ではあまり見る事が出来ない和食や日本の食卓と似通った食べ物が豊富だ。


 開けた窓からほのかに香る硫黄の匂い。別の世界にでも迷い込んでしまったかという錯覚が心を高揚で動かす。ダンタリオンと一緒ではあるが、ゆったりと過ごせそうだ。


「おっ、巨乳和服美人でも探してんのか?」


「はっ倒すぞ……」


「馬車が止まります、ご乗車ありがとうございました。お客さん方、忘れ物の無きよう、お気をつけてくれよな」


「ほら、降りるぞ」


 馬車の発着場からそのまま街へと繋がっており、小さな門を潜り抜ければ小さな露店の数々が立ち並んでいた。ご当地物のアクセサリーや食べ物、土産屋も見える。


「少しだけ見ていくか……そうだ、アレ買わないか? パンフレットに載っていたやつ」


「んん? ああ、ハイハイ。了解」


 露店街を歩き出入り口の真横に目的の店を発見した。ドナメキでも有名な卵屋だ。これを使って温泉卵を作るのが通の楽しみ方なのだとか。


 目当ての物を購入し、露店街を抜ける。硫黄の匂いが更に強まり、和風建築の建物が幾つも並び、どこか懐かしい様相を呈していた。


「どこか回るか?」


「そうだな……お昼でも食べながら――――」


「あっ――――あのっ……ゴホッ!」


 露店街を出たと同時に俺達へと声が掛かる。


 街灯から頭だけを乗り出した、恐らく少年は上擦った声で続ける。


「冒険者の方……ですか?」


「いいや違うが?」


「おい……いや、まぁお前はそうだけど……」


 その少年の顕著な特徴と言えば身の丈に合わない黒光りするガスマスクである。加えて言うならば毛布に全身を包め、街灯を支えにしている。


 やんごとなき事情がある様だ。身長だって俺の腰を少し超える程度しか無いのに。


「ぼ、冒険者じゃ無くたって構いませんっ! どうか話を聞いてくれませんか!?」


「話を聞く前にな、いいかいガキよ、何かお願い事をするのならそれ相応の報酬が必要なんだぞ? それに、何だこのマスクは。ふざけてんのか? 人に頼み事をする時にオシャレ爆発させてんじゃねぇぞ」


「うわぁっ!? うぅ……エホッ……けほっ、けほっ!」


 ダンタリオンは少年の首根っこをつまみ上げガスマスクを指で叩く。


「おいやめろ、チンピラかお前は。ごめんな、コイツ頭がおかしいんだ。許さなくていいから、顔面に一発入れていいぞ」


「と、とにかくっ、冒険者で無くても構いませんからっ! どうかお話を聞いて下さい……」


 ダンタリオンと少年の間に立ち、話を聞く態勢へと持っていく。


「俺の姉ちゃんが火山に行ってから戻って来ないんです……昨日から……ずっと……ゴホッ!」


 自らの咳により話の腰を折られた少年は少しだけ悔しそうに俯きながら姉とやらの現状を語り始める。だが、その前に――――。


「ちょっと待ってくれ。君はどうしたんだ? そんなに咳を……しかもフラフラじゃないか……」


「ゴホッ……最近の流行り病なんです。火山に咲く『センレン草』が効くからと言って……ひとりで火山へ……」


「昨日からねぇ……死んだんじゃね」


 ドゴン。立ち並ぶダンタリオンの横腹に強烈なブローを叩き込む。何故こいつにはデリカシーやら思いやりが無いのだろうか。身体能力では決して敵わないのが歯痒くて仕方が無い。少しは痛がればいいものを。


「ええと……それで……? 俺達に姉を探して欲しいって事か……?」


 少年は喉が詰まったのか、一度だけ大きな咳をして小さく頷いた。


「報酬は……これだけ……ですけど……今までのお小遣い、全部上げますから……お願いします……」


 少年の手には僅かばかりの札と銭が握られていた。行方不明の姉を探すにしてはあまりにも少ない額だ。


 だからだろう、少年がこうまで泣き崩れそうなのは。そこらの冒険者がこんなはした金で火山の奥地まで足を運ぶ筈も無い。だからこそ、こんな露店街の出口で人の良い観光客を待ち焦がれていたのだろう。


 それからの少年は胸を抑えながら膝を突き、咳を鳴らすばかりになってしまう。情に訴えようなんて打算の無い、本当の苦しみに苛まれている。


 けれど、俺には俺のルールがある。


「悪いけど、君の姉さんを助けには行けないよ。君もこんな所に居ないで、お家で休んでいるといい」


「そ、そんな……いえ……そうですよね。お時間を取らせて……ごめんなさい……」


 少年はそれだけを言うと露店街の方へと足を運ぶ。中で買い物をしている観光客に頼み込みに行くのだろう。


 今までに無い咳をし、大きく態勢を崩した少年の体を出来る限り優しく抱き留める。


「けど、出来ればお姉さんの特徴を教えて欲しいな。別に助けに行く訳じゃないけど、一応ね?」


 声も無く、ガスマスクに遮られた視線からどうしてと問い掛けられる。


 腕に抱えたまま、彼の目の前に麻の袋を突き出して見せる。中には先程買い込んだ卵が敷き詰められ、ドナメキの観光客としては珍しく無い装備のまま小さく笑う。


「折角宣伝されているんだから、行かなきゃ損だろ? ちょっと火山に入って秘湯を巡り、温泉卵を作るだけだ」

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