第56話

 ドナメキ火山を奥へと進み続けて一時間。洞窟の奥は仄かな明かりが灯り、溶岩の鼓動が聞こえ始めてきた。この辺りがどうやら最奥付近で間違い無いらしい。


 火山自体の活動は大人しいとは言え、並大抵の人間が踏み入れて良い場所では無い。姉とやらは一応冒険者らしいが、一人でこんな所に来ては危険だろう。


「魔物が近づいて来ないってのは便利だよなー」


「ああ、魔物と気配を同化させてるだけだ。気性が荒ければ襲われるけど、そんなのは稀だしな」


 何気なくダンタリオンから投げられた問いを返す。対策を講じなければ魔物に襲われるのは当然の摂理である。それに加えてこの暑さだ。肺に呼吸が上手く入らず、戦いになれば危険極まりないだろう。


「ダンタリオンは出来ないのか? こういう魔法は」


「発動は出来るけど何十分も維持は無理。トート辺りなら出来るんだろうけど、オレはそっち方面はからっきしだからな。発狂死させたりは出来るけど」


「ああ、なにか出してたな。変な蛸っぽいヤツ」


 以前ダンタリオンに一度だけ仕掛けられた攻撃を思い返す。黒を超えた漆黒の先に垣間見た存在は冒涜そのもの。人間が相対したならば、精神の方が砕けてしまうだろう。


「あの子を見てその程度って……イカレてるな、ホント」


「ダンタリオンの権能ってどんなのだ? 人の精神に干渉するみたいなものか? 冒涜って、滅茶苦茶曖昧だから」


「メインはそんなトコ。けど、物理だって捨てたもんじゃないんだぜ? こう、こうして、こうっ! その辺の魔物程度ならワンパンよ」


 シュッ、シュッとシャドーボクシングの要領で拳を振るう。どういう風だよとツッコミを入れようとした瞬間、俺達が歩く正面から強大な火球が飛んで来た。


「うおぉ、眩し」


「リアクション薄いなー。もうちょっと声荒げた方が良いんじゃね?」


 リアクションを取れと言われても、それ以上の感想が出て来ないから仕方が無い。この程度の火球ならば今発動している熱耐性の魔法で十分過ぎる。


「その程度じゃあねえと思うんだけどなぁ……」


 若干引いた声で後ろを振り向くダンタリオンに習い、首だけで振り返る。僅かに生えていた草花は炭化し、岩肌は溶け、赤黒く変色していた。


「あそこから……か」


 洞窟の先は少しだけ開けた空間があるらしく、未だに炎の赤以外の何者も伺えない。少しだけ探知を走らせる。反応は並みの魔物などではない、ドラゴンだ。


「貴様達……ここが『火竜ヘファイストス』様の根城だと知っての狼藉かッ! 真に不遜である……頭を垂れるのだ、人間よ……!」


 洞窟の最奥は思ったよりも空間が広がっており、天井には巨大な大穴が開かれている。岩肌を削り取って作ったのであろう棚が並び、以外にも生活感が溢れる場所だ。


 その中央に、火竜と名乗ったドラゴンが鎮座する。赤黒い鱗に翡翠色の大きな瞳、全長は優に三十メートルは超えているだろう。口内を炎の赤で溢れさせながら、尊大に響き渡る声での威嚇が止まらない。

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