第39話
今日も今日とてダンタリオンが屋敷に入り浸る。朝一番にコイツの顔を見る事自体に胸焼けがし、溜息が出る。
「いきなり溜息とは、体調不良かな? どれ、今日はオレが看病してやろう。ゆっくりと眠るがいい」
「うるさい、跨るな。さっさと降りろ」
苦手な人物の顔が視界一杯に広げられては、朝から体調も崩すというもの。無理矢理に膝を立て、ダンタリオンに早く退けと暗示する。
「ふん、釣れないな。どうだね、朝からイッパツ抜き抜き――――」
境界線を無理矢理跨がせベッドの上から床の上へと下ろす。もう一度大きく溜息を吐き捨て、肺の空気をリセットしてから起き上がる。
「つまらんつまらん、性欲が枯れているのか貴様は!」
「……ハァ」
ダンタリオンを背に自室を抜け出した瞬間、窓の外、冒険者ギルドの方角から鳴り響く轟音を聞きつけそちらを確認する。
窓から見えるのは冒険者ギルド『疾風迅雷』が歪な形の飛行船へと変形し、飛び立っている所だった。
「……飛行船? 建物自体が変形するなんて……どんな技師が作り上げたんだよ……」
「珍しいね、建物が変形するなんて。王都でも取り入れようか……」
飛行船がどうしてこんな時間に出立したのかと困惑する。確かレオナもギルドへと向かった筈だが、何かあったのだろうか。
「王国への救援じゃねえかな? まともな手段じゃ襲撃に間に合わんだろうしな」
ダンタリオンの言葉を受け取り、ハッとした様にキャロルの様子を伺う。
「向こうは……まだ大丈夫みたいだな」
ならば本当に救援の為に飛び立ったので間違い無いらしい。エイプリル達が増援として駆け付けるならば安心だろう。
ほっと胸を撫で下ろしながらリゼの元へ朝食を受け取りに行く。
「おはようございます、ザイン君。凄い音でしたね……」
「ええ、本当に。王国が大変な状況ですから、応援に向かったんでしょうね」
何気ない朝の出来事を交わしながらリビングを訪れる。やはりレオナの姿は見えず、恐らくは飛行船に乗り込んだのだろうと察する事が出来た。
「ふふ、お疲れの様ですね」
「いや……本当ですよ。何度も追い出しているっていうのに、しつこい奴です」
「むぅ……ザイン、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ、ダンタリオンも悪い人じゃあ無いと思うから。ほら、ほっぺについてる」
ロウの頬に付いているケチャップを拭い取ると、こそばゆそうに顔を綻ばせる。
「今日はオムレツですか、美味しそうです」
「明日はダンタリオンさんの好きな物でも作りましょう。というより、ここで食べていただいても構いませんよ?」
「それは……俺が困るというか……いや、でもそうですね。きちんとお客さんとして対応してみますか」
突き放して駄目ならば抱き留めてやろうか。そうすれば彼女も少しは態度を改めるかもしれない。
「おーい、ダンタリオン。向こうで皆とご飯でも――――」
部屋へ戻ると、そこは漆黒に塗り潰されていた。一寸先も見えず、腕すらも確認出来ない。真の暗闇とはこういう事かと認識し、ダンタリオンが発動した結界魔法であると判断できた。
「――――本気を出すから、本気を見せろよ」
暗闇の中から無数に蠢く触手が顔を覗かせる。人知を超えた狂気の世界の住人がこちらを威嚇しているのが分かる。その最奥には、心理すら破壊する程の怪物の存在も確認出来る。
「神は願いから、悪魔は欲望から、人の感情により発露し、古くから生を受けた」
誰もが知りたがらない、狂気の世界。秘匿されるべき神話の中の生き物たち。人々が触れたならば一瞬で狂気の底へと墜ちてしまう。
ああ、そういえば、コイツは何の悪魔だっただろう。
「我が名は『冒涜の悪魔』ダンタリオン。知りたいんだ……境界という世界に対しての冒涜を……! 何があるんだ、その中に……! 何をどうして……オマエがそうなったのか……!」
急に情熱的に語り出したダンタリオンに溜息が止まらない。朝だけで何度溜息を吐かせるつもりだろう。
「気まぐれだな、はいはい終わりだ」
単純な魔法ではない。神格が扱う権能を魔法と誤認させて発動させている物らしく、非常に狡猾に練り込まれている。結界魔法を解除するのは非常に難しい、熟練の腕でも無ければ不可能だ。そしてこの結界は魔法を模していながら魔法ではない。
彼女の底意地の悪さにもう一度溜息を吐き、結界の外殻を宇宙の彼方へと弾き飛ばす。
たったのそれだけで、ダンタリオンの本気とやらは虚しく消し飛んだ。
「――――ここまであっさりとやられるとは……素晴らしい」
「順当に魔法を使って解除すれば反撃される結界なんて、意地が悪いな」
あっさりと解決は出来る、コイツでさえ敵じゃ無い。だが、それとこれとは話が別だ。ダンタリオンは俺の家を攻撃し、下手をすれば家に居る二人を危険に巻き込もうとしたのだから。
「気まぐれなのは認めるよ……それが美徳と感じる奴も居るだろうさ……」
ダンタリオンの紫色の髪を一度だけ撫でる。
「だけど――――オマエが何をしたって無駄だ。俺にとって脅威になんて成り得ない」
「――――」
ぐしゃりと髪を掴み上げ顔を引き寄せる。この状況でさえニヤニヤと人を値踏みする視線を崩さない。
「世界を滅ぼす敵が来たら俺が直ぐに対処してやるよ。それまでは、息を殺して黙って俺に付いて来い。世界の敵なら、俺の敵でもあるんだから」
「オーケー、分かった。君と、君の家族には今後手を出さないよ。ザインも怖い顔が出来るんだな、失禁しそうだ」
境界という冒涜を理解したいなんて酔狂な悪魔だ。余程暇人なのだろうな。関わりたくは無いが、コイツを牢屋に捻じ込むなんて出来ないだろう。
結局の所、ダンタリオンから何をされた所でダメージにはならないと結論付け、乱れた頭を叩きながら整えてやる。
「分かったらさっさと帰れよ。王国が大変なんだろ?」
「それに関しては大丈夫だ、安心しろ。優等生のトートくんが居るからな、何も心配していない」
こいつは本当に……どれだけ能天気で気紛れなのだろう。最早怒りを通り越して呆れてくる。
「おっ、痛い痛い、痛いよザイン。受けより攻める方が好きだったのかな?」
「うるさい」
最後にベチンと強く鳴る程の叩きを見せ、そろそろリビングへと行こうかと思った矢先に、ソイツは現れた。
黒と白のオカッパヘア、黒と白のオッドアイ、全身リバーシの様な女性が室内の影の中から浮き上がってきた。妖しい微笑みを浮かばせながら、俺の前に跪く。
「特聖をお持ちの魔法使いとお見受けします。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「…………お前の知り合いか?」
「さあ、見ない顔だな」
完全な初対面だよなと過去に出会った人物と照らし合わせる。そもそも、俺に知人と呼べる人物など数える程度しかいない。こんな個性的な見た目をしていれば見覚えがある筈だ。
「どちら様でしょう……? もしかして昔に会った事あるとか? イメチェンして雰囲気変わったとか……」
「失礼しました、まずは私の自己紹介を。禍奏団、滅殺派所属、諜報員のシセロと申します」
「……禍奏団?」
どうしてテロリストがとか、どうして俺の家へとか、そんな思考を踏み飛ばして一瞬で拘束する。
「何しに来たんだ……君は……」
「おや……? 拘束されてしまいましたか……、困りましたね」
「いや……拘束するでしょう……普通は」
「……解放してはいただけませんか?」
「無理です……」
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