第40話
「端的に言わせていただければ、勧誘でございます」
「勧誘……?」
両手を後ろ手に拘束し、動けなくなったシセロの前に仁王立つ。
「……ダンタリオン、逮捕しろよ」
「いやいや、無粋な事を言うなよ。縛り上げたんだからエロい事しようや」
「おや、私はスケベされるのでしょうか?」
「…………」
耐えろ、溜息を吐くな。溜息を吐き過ぎたから不幸になっているんだ。幸運に逃げられてしまっているんだ。
簡単な事だ、自身を禍奏団の一員だと名乗る目の前の女性を騎士団に引き渡すだけでいいのだ。
「私を好きにしても構いませんので、ご同行をお願いできますか?」
「要らないよ! いいから、話をさせてくれ。ええと……シセロは何で俺を誘いに来たんだ? それに、特聖を獲得しているってのは何処で聞いた?」
「滅殺派の首領からの指令です。とりあえず声だけでも掛けて来いと。そして今に至ります」
「そいつの名前は?」
「いえ、あんなのでも、腐っても上司ですから。後はこうも言われました、きっと聞き入れてはくれないだろうから、話し終わったら死んでも戻って来いと」
「逃がす訳が――――」
肉の落ちる粘着性が籠った音が聞こえてきた。シセロの背後、手に境界線を巻き付け、世界と固定していた筈の腕は宙に固定さている。当の本人は知った事かと俺へと接近し、事前に引いておいた境界線にぶち当たる。
硝子にぶつかった烏の様にめり込みながら一度だけ大きく驚いたフリをする。
「素晴らしい力です。貴方の名前と、特聖の名前を伺っても?」
「言う訳が無いだろう。動くな、今すぐ止血してやるから」
シセロが団に懸ける執念がどれだけの物なのかは知らないが、きちんとした手順を以て拘束されるのが筋だ。彼女の腕に回復魔法を掛け、せっかくだから腕もくっ付けてやろうと近付いた。
「お優しいのですね。あんなのに目を付けられて、嘆かわしいです」
「後は騎士団にでも話してくれ。傷だけは治してやるから、動くなよ」
「ああ、忘れていました。こうも言われていましたね――――」
世界に遅延でも掛かったかの様に、シセロの動きが鈍く見える。自分自身の愚かしさを、生き方の選別を、役に立たない優しさを、全てを貶す様に彼女は小さく囁く。
「出来るだけ――――時間を稼いであげなさい……と」
時間を――――稼ぐ?
「では、また会いましょう、素晴らしき魔法使い様」
シセロが一口何かを噛み締め、軟骨を磨り潰した様な鈍い音が聞こえてくる。瞬間、止まらない咳、吐血、発汗。間違いない、口の中に毒を仕込み飲み込んだのだ。
彼女の最後の言葉に気を取られて治療が間に合わず、シセロはパタリと糸の切れた人形の様に息絶えた。
「ふうん……死んでるな。捨て駒をする程人材に余裕があるなんてなぁ」
ダンタリオンが無造作に首元を掴み脈を取ってくれた様だ。直視するのも耐え難い死に様を晒した彼女の目的が頭の中で永遠に反芻し続ける。
「あっ――――」
グチャリ。スライムでも握り潰した様な間抜けすぎる音に気を取られ、そちらを見やるとダンタリオンがシセロの首を握り潰していた。
「ちょっ――――おまっ!?」
「ち、ちがうちがうっ! オレじゃ無いぞ! 流石のオレもこんな無駄な事はしないってば!!」
遺体の首元を握り潰すという光景に思わず声を上げるが、異常なのは遺体の方だった。グズグズと蒸発するスライムの様に崩れ出し、黒く変色していき、やがて質量を零にした。元々遺体なんて無かったとでも言いたい様に、シセロの遺体は綺麗さっぱりと消えてしまったのだ。
シセロの魔法だったのだろうかと一歩踏み出した瞬間、俺の脳内に電流が駆け巡る。
彼女は、最後に、何と言っていた?
『ああ、忘れていました。こうも言われていましたね――――』
脂汗が止まらない、完全に奴らの手の上で転がされたとでも言うのか。
『出来るだけ――――時間を稼いであげなさい……と』
――――俺は果たして、どれだけの時間、キャロルの状況から目を離していただろう。
『助けて下さい――――ザインさんっ!!』
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