第38話

「オラオラァッ! そんなもんかよテメェらァ! 三人揃ってその程度なんて言わねえよなァ!!」


「くっ――――!?」


 戦線は常に須王の有利で事が運んでいく。魔法兵は全て片付いているというのに、彼一人を神と団長二人は止められない。それ程までに見せつけられる、力の差。


 本来、二つ名の魔法使いとは神格と同等の力を持つと言われている。かの煉獄の魔法使いもそうであった様に、神格と互角で戦えるのが基準値だとされていた筈だ。なのに、一体どうしてとシルヴィアは須王と相対する。


「『セイクリッド・ヴィジョン』」


 光で形成された分身が須王を襲う。光の尾を引きながら、直撃すれば四肢を容易に捥ぎ取る膂力を乗せながら。


「ハッ! 二度目は無えっつーの!!」


 正面から、力の限り振るわれた拳により分身は一瞬にして砕け散る。硝子細工の様に散った魔法に目を眩ます事無く、須王は身体能力を遺憾無く発揮した。


「オマエ遅えな……気合が足りねえよ」


「――――ッ!?」


 シルヴィアと須王にあった二十メートルの間合いを一瞬にして零に変えた。文字通り一瞬である、コンマ一秒すら経たない内に須王の狂拳が顔面を捉えるべく振るわれる。


「『セイクリッド・フラグメント』」


 間一髪、トートの張った透明なバリアにより拳は阻まれる。しかし、そんな事は何のそのとすぐ様二撃目を放ち、バリアを粉砕する。


「まだ……まだだ!」


 辛うじて一命を取り留めながら態勢を立て直し、須王に全霊の集中を向ける。


 トートの援護がありながら、自分はこの戦場で死なないでいるという事実に歯噛み、何とか一手を加えられない物かとエイプリルに目配せを飛ばす。


「神様も随分と気合が足りねえな。もうちっと手古摺るとは思ったんだけどよぉ」


 おちゃらけた雰囲気を放ちながら一部の隙も見せない須王は無造作に頭を掻き毟る。本当にこの程度なのかと、酷く落胆した様を見せながら。


「やっぱダンタリオン無しじゃどうにもならん様だな。扱い辛くとも、実力は本物なんだから、手綱は握っとけよ」


 今回の防衛線にダンタリオンが参加していない件に関しては須王にとっても大きな誤算だったと言える。


「本当に――――誤算だよ。ホント、悔しく無えのかオマエさん。ダンタリオン何て言う変人に最高戦力の座を取られていて。奴がいなきゃ、オレが倒せないって事に」


「倒せねえって――――」


「――――誰が決めたっ!!」


 エイプリルによる眩い雷光の乱射をおとりに、シルヴィアは瓦礫の陰を縫う様にして接近する。二人の攻撃を見兼ね、トートからも援護射撃が放たれる。


 眼前に敵を据えて置きながらの完璧な不意打ちが決まった。背後にはシルヴィアの剣。左右からはエイプリルの弾丸。全方位からはトートの魔法。全てに圧殺され、今度こそ須王の死をシルヴィアは幻視した。


 ――――だが。


「なんだよ――――やりゃあ出来るじゃ無えかァッ!!!」


 須王の肉体が弾ける。物理の限界を超えて、限りなく光速に近付きながら四肢を振るう。シルヴィアの腹部に、エイプリルの頭部に、そしてトートの心臓に。


 特聖『気合』、文字にしてみれば至極単純。あまりにも日常的すぎるが、能力自体は凶悪さを極めていた。


 気合とは限界の先を目指す行為である。諦めず、ひた向きに、目標へと駆ける原動力。


 ――――物理法則の超越。世界という枷を外れ、須王の肉体はどんな限界でも超えてみせる。ただの精神力だけを糧にして、彼は不死身の怪物として君臨し続ける。


 燃え上がる彼の気合を鎮圧出来る者など存在しない。究極を言ってしまえば、気合があれば人は死なないのだ。


「もっとだ、撃ってこい。次の手は何だ? どんな攻撃でオレを殺す? もう少し工夫しろ、どうにもならなければ気合を入れろ。もっとだ、もっと、もっと……足り無えだろうがよ……」


 酷く落胆した声が漏れ出る。もう少し、あと少しと他人に期待をする様に。立ち上がれ戦士達と激励の言葉を贈らざるを得ない。


 相対していた三者は殴られた部位を崩され、ふらふらと冥府へ落ちる寸前まで追い遣られていた。腹部を貫かれたシルヴィアのみが辛うじて息をしているだけの状態、戦線は完全に崩壊してしまった。


「……ぶっ、ごぽっぉ」


 腹部を砕かれながら、瀕死の状態で掛けた回復魔法の効果が発動し、風穴は何とか塞がる。蛙をひき潰した様な声を喉から絞り出しながら、剣を取り立ち上がる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 戦況を確認するが、最早その必要も無い。頭部を砕かれたエイプリルは、既に絶命してしまっただろう。心臓を穿たれたトートは、息をしているだけで既に戦えない。


 この場で戦えるのは自分だけだと息を吐き、それでも須王を睨み付ける。


「……オマエさん、名前は」


「……シルヴィア……クロフト……」


 ようやく全身に回復が行き渡り、言語機能が回復するに至った。


「よくやった、シルヴィア。さあ、まだだろう。仲間と守るべき神をやられて、尻尾を巻いて逃げられないだろう? ――――戦え、戦うんだ」


「言われずとも……戦ってやるさ……」


 このままならシルヴィアは絶対に勝つ事が出来ない。物理攻撃で殺し切れない化け物相手に、シルヴィアが勝てる見込みなど万に一つも有りはしない。


 ――――このままならば。


「…………」


 トートが僅かに息を吹き返し始めているのが聞こえてくる。自身の魔力を以て心臓を再生させようとしているのだ。


 だからこそ、この場に於けるシルヴィアの勝利とは時間稼ぎに他ならない。神に頼む様にして大きく息を吸い、瞳をこじ開ける。


「――――『ヴォイド・ヴェルトール』」


 シルヴィア・クロフト、人生最後の時間稼ぎが始まる。

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