第34話

 王都で騒ぎが起きてから二日経ち、最低限の復興を済ませたらしい。各地への救援要請が飛び交い、冒険者ギルドの面々も支援へと向かうらしい。


 禍奏団に至ってはあれから動きが無いらしく、不気味な雰囲気が王国全体に広がっている。非常に手痛いダメージを国へと負わせたというのに、本命の神格が傷ついていないのだ。


 復興と迎撃、そのどちらも取れずに、王国は選択肢の前で揺れている。


「ふあぁ……うぅむ。おぉいザイン、オレの朝食は何処だ? 腹が減ったぞ」


 エンデル王国の住民の心に癒えない傷を植え付けた事件は鳴りを潜めた物の、肝心の王国宰相は何故か俺の屋敷へと入り浸っていた。


「アンタ……さっさと帰れよ」


「断る。まったく……何度問答をさせれば気が済むのか……。おーい、リゼ―、今日の朝食は何だー」


「お、おい、待てってば!」


「止めてくれるなよ。リゼの作る飯は美味い。独り占めは許さんぞ?」


「そういう事じゃ……無い!」


 無理矢理に自室に押し込めキッチンへ向かう。ダンタリオンが最初に屋敷に侵入してきた際に不意を突かれ、リゼとロウの二人と知り合ってしまったのだ。


 あんな訳の分からない胡散臭い悪魔と家族同然の人達が知り合うなんて出来るだけ避けたい事態だったというのに。彼女自身の敵意の無さに用意していた結界は反応を見せなかったのだ。


「ほら、今日はサンドイッチだとさ」


「むぅ、せっかくなら皆で食わないか? ほら、ロウにおはようのチューでもよ」


「黙って食え」


 ダンタリオンの口にサンドイッチを捻じ込み黙らせる。俺も適当に椅子へと座り朝食を取る。


「向こうは……大丈夫そうだな。本当に戻らなくていいのか? 復興の手伝いぐらいしたらどうだ?」


「ふんふん、別に良いと言っているだろ? 逆に言わせて貰えば、オマエも行かなくていいのか?」


「ふぅ……俺が行って何になるんだよ。お前は王国の宰相だろ?」


 皿に乗ったサンドイッチを手に取ってダンタリオンは俺の眼前に迫る。


「魔法で人を助けろよ。瓦礫を撤去し、人を癒し、外敵を警戒する」


 ダンタリオンの紫の瞳が渦を巻く様な錯覚を覚え、目を逸らす。しかし奴は俺の顔を優しく包み、もう一度視線を交差させる。


「魅せてくれ――――貴方の輝きを」


「……ハァ」


 これだ。隙があれば魔法を見せろとばかり。


「どうして見るだけじゃ駄目なんだよ……」


「既にそこにある力を見た所でだろ? 力によって世界は撓む。そんな衝撃を全身で感じたいんだ」


「じゃあ諦めろ。俺は無作為に力を振るわない」


「ははッ、あれだけ死んでんのに使わないか。じゃあどれだけ死ねばいいんだ? 国ごと吹き飛ばなきゃ腰を浮かさないってか?」


「数の問題じゃない。そりゃあ、世界を壊す存在が生まれれば対処するさ。俺の家を壊されたくは無い。力の価値を知っているからこそ、簡単に振るわないって決めたんだ」


「じゃあオマエ――――何であんなに辛そうだったんだ?」


 俺に仕える従者の様に振舞ったり。はたまたこんな風に心を晒し出す鏡の様に、ダンタリオンは何度も立ちはだかる。


 心の中を覗かれた不快感からダンタリオンの腕を振り払う。力を込めていないにも関わらず、彼女はすぐに手を離してくれた。


「力って……使わなきゃ駄目か?」


「虐殺に心を痛めるぐらいなら」


「痛いさ……それでも、痛いだけマシだって思ってる。全てを救って、その先で人間性を失ってしまったら……痛みさえ消えてしまうから」


「オマエがそんなくだらない事を考えている内に、人は死ぬ。ほら、オレみたいな面倒なのにテリトリーを侵される。痛みを吐き出す者を見たくないのに、どうして逃げないんだ?」


「……逃げる必要は無いだろう? 人並みの生活を送る権利ぐらいはある」


「誰かを助けられるかもしれないからだ。ぐだぐだと悩むフリをして、災害の目の中に自分が巻き込まれさえすれば、自衛せざるを得ないからだ。だから、中途半端に人へと関わろうとする」


 本当に……本当に面倒臭い奴だ。どうしてここまで言いくるめられなければならないのか。奴にとって、俺の存在が何だというのだ。


「俺は……ただそこに存在するだけの力だ。無視しろよダンタリオン、お前が何を言おうと、お前の為に力を振るわない」


「そうか、ではもう少しお邪魔させてもらおう」


 剣呑な雰囲気を払拭させ、ケロっとした表情でベッドに飛び込む。本当に気まぐれというか、嫌な奴だ。


「ドワイトの件はザインだろ? だったら何時か使うだろ。それまで側に居させてもらおう」


「……ハァ」


 数日前よりも随分と溜め息の頻度が上がってしまった。悪い奴では無いと思うが、嫌な奴に変わりない。頭を痛めつつも、キャロルの現状を視界の端で捉え続ける。

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