第33話

「これは……」


 キャロルが王国へと到着した際には既に事態は終息していた。街への門は崩れ、それを復興している騎士団が視界に入る。


「話を聞いてきた、禍奏団の襲撃があったらしい」


「こんなに早くですか……?」


「ああ、我々も加わろう。キャロルはこのまま門の瓦礫の撤去を頼む。私は避難所で治療に当たる」


「りょ、了解しました!」


 未だに黒煙が立ち上る王国内へと増援の騎士団は加わる。門の側ですら伝わってくる生々しい匂いにキャロルは眉を歪め口元を抑え辺りを見渡す。


「……うぅ」


 街の中を覗くと瓦礫が崩れた中に肉の塊と衣服の色が混ざり、非現実的な光景を描いていた。人の焼けた匂いだと知ったキャロルは口元を抑え、何とか嘔吐感を飲み込む。


 その代わり胸に込み上げた不快感を捨て去る様に、復興作業へと尽力する。涙を流し、跪く暇があるのなら少しでも人を助けろと、何度も自分に言い聞かせて。




――――


 襲撃から十時間後、事態は一時の終息をみせた。復興に当たっていた者達は交代しながら瓦礫の撤去や住民のケアを行う。


「大丈夫か?」


「……団長」


 到着から早々、働き詰めになっていたキャロルもまた、休息の時間が割り当てられた。何をするでもなく壁を背にしているとシルヴィアから声が掛かる。


「ほら、スープぐらいでも口にしておけ。持たなくなるぞ?」


 手に持つカップをキャロルに手渡し、自身も同じ様にしてキャロルの隣に座る。


「人の死を見るのは初めてか?」


「……あれは……死と呼べるのでしょうか」


 キャロルが見た者は確かに死体ではあるが、あまりにも現実離れした光景だった。瓦礫に混ざり挽肉の様に混ざり合ってしまった死体を、未だに死であったと認識出来ないでいる。


「……ああまでされて……死ななければならない方達だったのでしょうか」


 言い知れぬ喪失感の後に沸いたのは純粋な疑問と怒りだった。


「何故、彼等はこの様な事を続けるのでしょうか。こんな事をして……何が……!」


 しかし怒りをぶつける相手はいない。虚空に吐いた怒気は次第に枯れ、涙となって押し寄せる。


「キャロル……飲め。少し休んだら動く事になる」


 シルヴィアは飲み終わったカップを脇に置き、キャロルの肩を抱き留める。


「人というのは、いつまでも争いから離れられない生き物だ。競い、蹴落とし、優位に立つ。そんな優越感無しに、邪魔者の居ない世界でしか生きていけないのだ」


 安心させる様な手付きでキャロルの頭を撫でる。避難所の喧騒から離れ、心を痛めた部下をゆっくりとケアする。


「私達は、今のままでも変わらないのに……ですか?」


「我々とは価値観が違う。私やキャロルが愛して、守りたいと思っている日々を邪魔だと切り捨てる輩もいる」


「禍奏団……」


「だけでは無い。大なり小なり、誰かの何かが気に入らないと思うものだ。人の数だけ独自の世界があるのだから、そこは変わらんさ。神格が居ようと居まいとな」


 この世の不条理を我が子に言い聞かせる様に、優しくキャロルに囁く。


「だが臆するな、胸を張れ。正義は絶対に我々の方なのだから」


「正義……?」


「こんな光景を作り出す者の心に正義など無い、邪悪そのものだ。どれだけの夢を語り、その先の地平線に想いを馳せようと、賛同など出来るものか。今を生きる者達を捻じ伏せて、描いて良い明日など無いのだから」


「――――」


 シルヴィアという当たり前の様な善人に当てられ、流れ始めていた涙を拭う。湿った硝子を通して、この光を見たくないとキャロルは強く胸を打たれた。


「正義が嘆けば悪が微笑う。だから、嘆くのはそこまでにして、腹を満たしておけ。泣いていては、皆を守れんだろう?」


 狂っておらず、行き過ぎておらず、程よいバランスを保った善人。それこそがシルヴィアという女性である。そんな彼女だからこそ騎士団長という役職にまで上り詰め、周囲の人間からも好意的な感情を向けられているのである。


「――――はい! 分かりましたわ! ……んむっ、けほっ、けほっ!!」


「はっはっはっ、但し、慌てずにな! 火傷をしては戦いに響くぞ!」


 バシンと強く背中を叩くと、それを引き金にキャロルは更にむせ返る。そんな光景にシルヴィアは思わずもう一度大きく笑ったのだった。

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