第32話
「誰かぁっ! 誰か助けてくれぇ!!」
「はぁ……はぁ……! 騎士団の奴らは何やってんだよぉ!?」
エンデル王国はほんの数分で地獄と化していた。燃え盛る炎、助けを求める声。泣きじゃくる幼子に、必死に門から遠ざかる住民。
嵐の前の静けさなど何も無い、騒音が溢れる日常の中でさえ非日常の波に呑まれてしまった。爆発に巻き込まれた他人を助けようとする誰かを、意志の希薄な魔法兵が襲う。
極限まで強化され、人間の限界を一足飛びで越えた魔法兵に蹂躙される。振るった腕が立ち止まる子供の頭を弾き飛ばす。柘榴の赤が地面に飛び散り炎の赤と溶けていく。狂った様に斧を振り回し、瓦礫と一緒に逃げ惑う住人の胴と足が分断される。
弱者が強者を蹂躙し尽くす、真の地獄が誕生した。
「――――■■■■■■■■」
言葉にならない咆哮は既に知性の欠片も見せない。意志を失った兵器は列を為して王城へと進軍する。
「『セイクリッド・ランス』」
しわがれた老人の声が国中に響き渡り、空を埋め尽くさんばかりの光の槍が生成される。その全ては東門に降り注ぎ、エンデル王国を襲ってきた外敵にのみ命中した。
「北門と南門に展開するのだ。西は我輩が片付ける、見習い騎士も動員しろ。王城前に避難所を展開するのだ」
「了解しました、トート様!」
爆発から一分と経たずに騎士団が展開され、軍勢となって各地の門へと駆けた。指揮を執るトートは各員に魔法を付与し、残存兵力を地図にして知らせ、同時に迎撃魔法を起動させる。
『知恵の神』として顕現するトートは、様々な魔法を駆使し事に当たる。
「くはっ、すげえな、ありゃ。東の奴らが全滅かよ」
遠く離れた小高い丘で須王は王国を見下ろす。ハラリと垂れた黒い髪を掻き上げて口角を上げる。
「全部の魔法が使えるってのはどんな気分なんだろうなぁ。あんなのと敵対なんてすりゃ、一瞬で殺されるんだろうな」
「達也様、貴方様が喧嘩を売ったお相手ですよ?」
白と黒のモノクロに分かれたおかっぱの女性は側に立ち姿勢を崩さぬまま付き従う。
「出したのはどれだけ壊れた?」
「現在で六割は破壊されています。撤退させますか?」
「そんなもんか……まあそうだろうな。出来るだけ門に近付いてから吹き飛ばせ。増援を手古摺らせたい」
「畏まりました、そのように……」
指令を受けたままに、騎士団とぶつかり合った瞬間に後退させる。騎士団は不意を打たれつつも、トートの指令通り住民の救助へと向かった瞬間――――。
心臓に貯め込まれた魔力を一気に稼働させ、肉の爆弾として外門へと攻撃する。須王の計画通り、門は瓦礫となり音を立てて崩れ去った。
「ダンタリオンの馬鹿は出て来ねえのか? 基本的にはアイツを相手にするつもりだったのによ……」
「ここで出て来ないとなれば……もしや出て来られない事情があるのでは?」
「風邪でも引いてるってか? それとも、流石に王国の宰相は飽きたか? どの道……出て来ねえなら都合が良い」
今回のは単なる魔法兵のテストに過ぎない。兵器としての平均値を割り出し、禍奏団全体に情報を共有する事が出来た。ここまでが、滅殺派の首領から授かった須王の任務である。
「さあてと……止めるか、シセロ」
シセロと呼ばれた従者は姿勢を崩さぬまま、しかし眉だけは歪め静かに溜息を吐く。
「止めても聞かないでしょう……?」
「分かってるじゃねえか。面白くなるのはこっからってな」
喉を鳴らし、シセロに背を向け拠点へと向かう。ここからは気合の魔法使いの本懐を果たすだけである。
独断専行はいつもの事だと、もう一度シセロは溜息を吐く。流石に止めて来いと怒られてしまうかなと考えつつ、自身の影へと沈んでいく。
「楽しくなるぜぇ……ドデカい花火を打ち上げてやらぁ」
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