第31話

「……とりあえず、顔を上げて貰っていいか?」


「ふふっ、ふふふふふっ、尊い……!」


 何だこの変態は。普段からこんな感じなのかコイツは。絶対に友達少ないだろ、ダンタリオン。


「境界を……貴方の魔法を魅せてくれッ! 心が……股座が……疼いて堪らないんだぁっ!!」


「うわっ……」


 このまま屋敷へ帰ってしまおうかと思わせる程気持ちが悪い。サングラスを外したら美人じゃないかなんて思ってしまった自分を殴り付けてやりたい。


「……さっき見せただろ? ここに移動する時に」


「あんな程度じゃ足りないんだよ! もっと……もっとだ……! オレを境界で満たしてくれ!」


 話が通じない、見せるといったって見せる様な物などない。強いて言うならば空間が分裂して見えるぐらいだ。


「……これでいいでしょうか?」


「ダメダメぇ! そんなんじゃ満足出来ない! もっと強力なヤツが欲しいんだよ!」


「ちょっ、やめろ、くっついて来るな気持ち悪い! 薬中みたいになってるぞアンタ!」


 組み合いになりそのまま押し倒される。頬にはダンタリオンの涎が降り掛かり、拭おうとするも両手を抑えられてしまった。


 そもそも、俺は何でエンデル王国の城の屋根の上で、変態に押し倒されなければならないのか。まるで意味が分からない。


「や……、めっ、ろぉ! 汚いだろ! 離せバカ!」


「ハァ、ハァ……は、離さんぞ……魅せてくれるまで……!」


「だ、誰かぁ! け、警察……騎士団の人呼んでー!」


「残念だったな……私が通報される側だぁっ!」


 何てこった、最早詰んでいるというのか。


「――――とまあ、流石に付き合いきれん」


 俺とダンタリオンの間に境界線を敷き、それを上へと押しやる。どれだけ彼女が手を伸ばそうが俺の寸前でピタリと止まり、勝手に宙へと浮いているという事実に驚愕する。


「お、おぉ……なるほど、このようにされれば触れる事すら出来ない訳か……!」


「もういいだろ……境界について知りたいなら教えてやるから、そんな風に強く押さないでくれ」


 何というか、自分は押しに強い人間が苦手なのだなと理解した。シルヴィア然り、ダンタリオン然り。


「ふむふむ……手触りは……固い気もするが……大気が固められているのか……? 味はどうだ……?」


「聞いてないし……舐めるなよ、酷い顔になってるぞ?」


 俺の頭上には奇妙な光景が映し出される。宙に浮かびながらうつ伏せになり、舌を出して空間を舐め回す女性の姿だ。今までの人生で見なかった類の変態だな。


「おーい、もういいか? 俺、帰るけど、屋敷まで来ないでくれよ?」


 俺達が面白可笑しい絵面を描いていたそんな最中、街の方で爆発が起きる。連鎖的に、東西南北にある門から中央に向かって吹き飛ばされていく。爆発しているのは人の居ない、容易に立ち入れる建物らしく、見かけに寄らず被害は出ていない様だ。


「おっ、もうか……随分早いな。もう少し後になると思ったんだがなぁ……」


「禍奏団ってヤツか?」


 爆発は街の中腹付近で止まり、少しした後に住民の悲鳴や怒号が聞こえてくる。ここまでの被害を一瞬で出せるなんて、随分と優秀な工作員を揃えているらしい――――。


 ――――何を平気な顔をしているんだ。腸が煮えくり返りそうなくせに……助けに行けよ主人公。


 爆炎が晴れた向こう側、全ての門に反応が見える。体の中にある魔力を過剰に稼働させている軍勢が城へと向かって進軍を始めたのだ。


「なんだ……? あの兵士達は……あんな事をすれば……」


「死ぬだろう。魔法兵だな、未だにテスト段階の筈なのに……出せる程度にはなったのか」


 魔力を過剰に体へと流し込み、身体能力を格段に上げている。その代わり、奴らは魔法を使えない。全ての魔力を肉体強化に注ぎ込み、兵器としての基準値を発揮する様にされている。


「……アンタはどうして見てるんだよ。自分の国だろ? 助けに行けよ」


「――――嫌だ」


 未だに空中で寝そべっている彼女は意地が悪そうに顔を歪める。まるでこの世の全てを舐め腐ったソレに、俺の神経は逆撫でされる。


「こうしよう。君がどうにかしろ、でなければオレは何もしない。所で君の名前を知らなかったな、改めて自己紹介しようか。オレはダンタリオン、よろしく」


「知ってるよ、早く行けって! そういう契約でこの国に居るんじゃないのかよ!」


「トートが居る……ヤツが何とかするだろう。今は……君に興味が尽きないんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る