第30話

「また……振られてしまいましたわね……」


「キャロル……私の押しは強すぎるのか……?」


 アストナークからエンデル王国へ向かう馬車の中でシルヴィアは酷く気落ちしていた。先日エイプリルから紹介されたザインに同行を願い出た所、見事に玉砕。


「で、ですがコレを頂いただけでも十分すぎる成果ですわ!」


 キャロルの掌には鋼色の球体、『ザインの瞳』が握られていた。


『もしも危なくなったら呼んでくれ、加勢するから』


「本当にそんな物でどうにかなるのか……?」


「うーん……以前レオナが迷宮に持って来ていたので……その際もコレでザインさんに助けらたらしいんですの」


 見た目としては何の変哲も無い球体である。僅かに魔力を帯びているものの、これ自体に力が籠っているとは到底思えない。


「彼はインドアだな、もっと外に出て運動をするべきだ。だから私が訓練を付けてやると言ったのに……」


「それが原因なのでは無いでしょうか……」


 確かな安全とは言い難い、未だにザインの真髄を知らないキャロルからしてみればお守り程度でも心強い存在感を放っていた。


 だが、これは本当にお守り程度なのかもしれないとキャロルは窓に視線を投げる。


「噂は……本当なのでしょうか?」


「……須王達也の事か?」


 世界に八十人しか現存していない二つ名持ちの魔法使い。特聖へと至った魔法使いは全て魔法協会によって管理され、登録する事で様々な援助を受ける事が出来る。


「禍奏団の滅殺派……その主力格がまさか気合の魔法使いだなんて……」


「おまけに奴は転生者でもあるらしい。幼い頃から前世の記憶を保有しており、祝福により特聖を獲得したらしい……」


 転生者とは世界に生まれ落ちた瞬間に祝福を与えられる。持っているだけで並みの魔法を凌駕し、神格すら屠る輩も現れる程。


 その確率から焙れた者は小さい頃に知恵がある程度の恩恵しか無く、ザインは持たざる者として生まれた。


「もし……須王が現れてしまったら……」


「安心しろ、こちらにはトート様とダンタリオン様がついている。化け物の相手は化け物にしていただこう」


 巨大な戦火の中、小さな力しか持たない者達に一体どうしろと言うんだとシルヴィアは歯噛みし、キャロルと同じ様に窓の外へと視線を投げる。




――――


「ようトート様、元気してるかい?」


「…………ダンタリオン」


 エンデル王国城内に存在する図書館の最奥にトートと呼ばれ神が鎮座していた。頭部は丸っこいトキ、体は猫背のヒヒという人間とは遠く離れた見た目をしている神である。


「うんうん、相も変わらずぬいぐるみの様な抱き心地で非常によろしい」


「…………何を…………しに――――」


「禍奏団が暗躍してるだろ? オレ、自分勝手に動きたいから防衛は任せていいかな? もしもの時は議長と、騎士団長もかな? 後は各地から騎士様を呼び出したから、上手く使ってよ」


「何を…………企んで――――」


「ちょっと個人的な用事が出来たんだよ。興味のある人間が居てね、ソイツに挨拶をね。大丈夫、心配しないでよ。オレの考えが正しいなら、奴は絶対に須王なんちゃらを捻り潰すからさ」


「…………その者の――――」


「ああもう、まどろっこしいなぁ。それじゃあバイバイ、よろしくねぇー」


 昏い触手が暗黒から伸び、ダンタリオンの体を包み込んだかと思えば既に彼女の姿は消えていた。トートののんびりとした口調に耐え兼ねてダンタリオンが勝手に話を切り捨てる。


 そんないつもの光景を後にトートは静かに目を伏せる。


「まったく…………いつまでも…………子供じゃのぉ」


 激化しようとする王都を前に、トートは普段と変わらぬままに鎮座する。先に来る障害を、鋭き視線で睨み付け。




――――


「とか言って、気にはなったりして……」


 シルヴィアからの猛烈な誘いは既に昨日へと過ぎ去った。話によると今朝方出発し、今はエンデル王国の近くまで来ている頃だろうか。


 外から差す日の光に朱色が混ざり始めた頃に研究を切り止めて魔法を用い窓を造る。


「これで……良し、何時でも覗き放題だな。キャロルはまだ馬車か……」


 造り出した窓はエンデル王国上空へと設置され、様々な角度から王都の状況を確認出来る様になっている。これで何が起ころうと、キャロルを守り切る事が出来るだろう。


「禍奏団ねぇ……そんな輩まで出てくる様になっていたなんてな……」


 名前はどこかで聞いていたかもしれないが、ここまで活発に活動しているのは初めての事らしい。どこかで強大な力を手に入れでもしたのか。


 ――――まあ、俺には関係無いか。


 ――――動け、秩序を破壊する輩を止めたいのだろう。


「――――おっと、覗き見とは趣味が良いな。友達になれそうだ」


 触手の渦の中からいきなり女が現れた。いいや女では無く悪魔か、空間に現れた触手は主人を送り出し、役目を終える様にして自分自身に喰われながら姿を消す。


「冒涜の悪魔が何の用だ? 気配も消さずに、挑発のつもりか?」


「おっと、見ただけで理解されるのか。試してみたが、オマエが本物らしいな」


 冒涜の悪魔は更に空間への圧力を増幅させ、そこで初めて俺の用意した屋敷の結界にヒビが入る。


「冒涜の悪魔、ダンタリオン。以後お見知りおきを、魔法使い」


「お見知りおきじゃ無いだろ、不法侵入だぞ? それに、メンズのスーツにグラサンって……個性が迷子じゃないか」


「おや……みんなは褒めてくれるんだけどな……センスの違いか……」


 友人宅へと尋ねた様にしてダンタリオンは自室のソファへと腰を掛ける。


「出て行ってくれって言って、アンタは出て行くか?」


「くくく、言ってみればいいじゃないか。何事も試すのが人間の美徳だろ」


 何を言っても意味は無いらしい。俺の屋敷を特定して、直接姿を見せた理由がある筈だが、悪魔に関わると碌な事にならないとよく聞くしな。


 だが、追い返した所で付き纏われては面倒だ。用事があるなら、済ませてもらおう。


「まあ座ったらどうだ? そうだ、客には茶を出すのが礼儀だろう? 茶を出して――――」


 ダンタリオンの体に触れてエンデル王国にある城の屋根へとの境界線を超える。


「――――――――」


「話があるのか? 俺を殺したいのか? 何でもいいけど早くしてくれ、アンタに関わってやれる程、暇じゃない」


 精一杯の敵意を剥き出しにしてはみるが、ダンタリオンは呆けたまま、目と口を阿保の様に広げたまま硬直している。


「おい、聞いてるか?」


「――――化け物」


「……確かに力関係で言えば差があるけど、殺す気は無いから。用事があるなら済ませてくれ」


 いつまでも硬直しているダンタリオンの目の前まで来てサングラスを外す。瞳孔が開きっぱなしになっている、心停止していないかこの悪魔。


 というより、見た目はやんちゃ系の美人であるのに、ファッションで台無しになっているな。何も言葉を発しなければ美人で通るというのに、憎たらしい発言に若干神経が逆撫でされてしまった。このまま顔に落書きでもして帰ってやろうか。


「――――ッ!?」


 俺の動作に体を震わせ膝から崩れ落ちる。息も荒く、まるで重病患者だ。


「どうか――――」


 殺さないで下さいとでも言うつもりだろうか。こちらとしては殺す気なんて微塵も無いというのに、震えたままダンタリオンは顔を上げない。


「どうか――――跪かせて頂きたい……華よ」


「…………はあ?」

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