第29話

『以下の書類にて伝達した通り、シルヴィア・クロフト以下五名は特別任務としてエンデル王国へ召集が掛けられた。指定した日時にアストナーク北門へと迎え、こちらで馬車を手配する』


 アストナーク騎士団、シルヴィアの書斎にて通信魔法が入る。送られてきた封書にはエンデル王国防衛任務の詳細とメンバーの名前。北門へと迎えに来る日時が記されていた。


『最近、禍奏団シグルムントが王都近辺で活発に活動している。今は穏健派のデモ程度だが、いつ戦闘になってもおかしくない。戦闘に備え、王都にて警備に当たれ』


「了解しました……だが、メンバーについてはこちらで選別したい。戦える者を残り四名探せばいいのでしょう?」


『宰相であるダンタリオン様の采配だ。決定は覆らない。シルヴィア・クロフト、ジョージ・ジョンソン、ラマ・パーマー、ボーンズ・ワトソン、キャロル・ホームズ。アストナーク騎士団に於いてこれ以上の人材が居るのか?』


 シルヴィアは歯噛みする。自分を含めた四名であるならば理解が出来る。騎士団でも大きな戦力だと自負しているのだ。ただ一人を除いては。


「キャロルはまだ若い。戦力としても心許ないでしょう。もう一人はこちらで冒険者でも雇います。警備にはその者に当たってもらいましょう」


『言ったであろう、ダンタリオン様の指令だ。若くして刻まれた戦闘経験は成長の糧となるとはあの方の御言葉であるぞ』


「――――余裕ぶりやがって……性根の腐った糞悪魔が……」


『……聞かなかった事にしよう。とにかく、私は伝えた。期日までに準備をしてくれ』


 通信が切れ、シルヴィアの大きな舌打ちだけが響く。禍奏団、時世を認められないテロリストと自身が愛する部下が衝突するかもしれないというだけで憤りを感じるというのに、新入りのキャロルを駆り出すまでするダンタリオンの底意地が気に入らない。


「貴様が本気さえ出せば……王都に危険は無いだろうが……!」


 あまりにも過剰戦力すぎる。例えアストナークの五人が加わった所で何が変わるのだと吐き捨て、シルヴィアは書斎を抜け出す。




――――


「珍しく荒れてんじゃねぇか」


「……あぁ?」


 冒険者ギルド『疾風迅雷』、併設して作られた酒場にてエイプリルは既に出来上がっているシルヴィアに声を掛けた。


「……禍奏団が活発になっていると聞いた事があるか?」


「ああ、穏健派が随分とデモ活動に励んでるらしいじゃねぇか。俺にも一杯くれ、ビールでいい」


 荒れているシルヴィアの隣に無遠慮に腰を下ろし、カウンターに並んでいる料理を口に運ぶ。


「おい……それは私のだぞ」


「それで……どうした? テロリスト共とドンパチして来いとでも言われたか?」


「暫く王都の防衛を命じられた。禍奏団の過激派が出てくるかもしれんと言われてな」


「かははっ、そいでついでにデモを抑えて来いってか? 騎士様は涙ぐましいねえ」


「笑い事では無いだろう、お前の所には来ていないのか?」


「ああ、全く。お偉方は冒険者がお気に召さないらしい。一回デカいの食らわなきゃ要請なんて来ねえだろうよ」


「……言っている場合じゃ無いだろうに」


 溜息を吐き出すと共に目の前のグラスに入っている酒を一気に流し込む。上の人間からの命令に抗えない騎士団というシステムに腹を立てながら追加の注文を投げつける。


「神格と……隔絶した先に何があるというんだ……」


「禍奏団か?」


「神格滅殺など、掲げて何になると言うのだろうな。多くの神々は勝手に消えていった、信仰を失ってな。それなのに、奴らは現存する神格を根こそぎ殺そうとする」


「そこを俺らが考えても仕方が無えだろ? 本気で世界を変えられると信じてんだ。向こうが来るってんなら、拳骨の一発や二発かましてやりゃあいい」


「私が食らわしてやるなら良いんだよ……ただ、部下がな……」


「ハッ、お優しい事で。鍛えてんだろ? だったら心配せずに信じてやりゃあいいだろ?」


「だからと言って……気に食わんのだ」


 大きな力に巻き込まれて、擦り減っていく者を見たくない。守れる者なら守りたい、戦わなくても良いのなら戦わせたくなどない。団員の身体のみならず精神までも気に掛ける優しい人格を持っているからこそ、シルヴィアは悶々と過ごす事になる。


「じゃあよ、アイツでも連れてきゃいいじゃねぇか」


「アイツ……?」


「新入りでよ、ザインって名前だ。多分ここらじゃ一番強い」


 その名前を聞いた瞬間、シルヴィアは椅子から転げ落ちる。


「おいおい、酔い過ぎだろ……」


「ザ、ザイン……!? 魔法使いのかっ!?」


「何だよ、知ってたのか」


「わ、私の勧誘を蹴っておいて……エイプリルなんかのギルドに所属していただと……!?」


「勧誘が下手なんだよ。どうせ押す事しかしなかったんだろ」


「くっ……ままならん! 何故だ、私の何がいけないと言うのだ……」


「そいつに声掛けてやるよ。暇そうにしてたら着いてってくれるじゃねえか?」


「しかしな……強いと言っても一般人だろう? 私も彼の強さを知ってはいるが……」


 守るべき民を態々危険な場所に引きずり込む事に抵抗のあるシルヴィアは追加で出された酒を口にする。


「聞くだけ聞くでいいんじゃねえか? 多分、俺らなんか口ほどにもねえぞ、アイツ」


「むっ? そこまでなのか? 私が見た時は、少なくとも相手にはなると思ったのだが」


「強さの次元が違うんだろう。多分、神格に並ぶ程に強いぜ」


 神格に並ぶ強さ、それは二つ名を持つ魔法使いですら到達出来るか分からない領域。戦闘に特化した特聖を得たのならば、辛うじて並び立てる程度の、この世の頂点。


「まあ……声だけでも掛けてみるか」


 ザインの知らない所で、新たなる事件へと巻き込まれ始めていた。それを知ったザインは、果たして境界の力を振るうのか。




――――


「達也様、各方面への伝達は終了しました」


「よろしい、お前も休むといい。少ししたら、花火が打ち上がるぞ」


「――――畏まりました」


 この世界では神と悪魔を合わせて神格などと持て囃している。古くから続いた神々の闘争は、既に神話と成り果て、今や読み聞かせの絵本程度の価値しかない。


 人と寄り添えなかった、プライドを捨て切れなかった者達は信仰の力を失い、人に寄り添い力を貸した神格だけが今の世に残り続けた。


 世界は絶妙なバランスで立っている。昔の名残は消え去って、敵対していた筈の神と悪魔は同じカテゴリに入れられて、ニコニコと今の平和を享受している。


「つまらねえよ――――なってねえ」


 人など踏み潰せる力を持っていながら、それを踏み潰さない神格が。飼い殺されていると理解せずに今なんかを享受している塵共が。


何故、出来るのにしないのか。それが目の前にあるのに、お前は何で踏み止まっているんだと嘆かずにはいられない。有るんだから、使えばいいのにと。


 俺は――――須王達也すおうたつやは違う。自分の全力を出し切って、世界に気合を教えてやる。


 それこそが、『気合の魔法使い』と呼ばれる我が宿命。

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