第61話
強いて言うのであれば何も無い日々が続くが、それが普通なのだ。地下で人体実験を繰り返す魔法使いや、気合馬鹿のテロリストが蔓延る世界などあっていい筈がない。至って平和に、アストナーク近辺には当たり前の日常が流れていた。
「これと……これと……後は洗剤……ですね」
「薬局って向こうでしたっけ?」
「近くにもありますよ。結構小さいんですけどね」
買い物をしては屋敷へと放り込み、手ぶらのまま次の店へ。
「本当に便利ですよね、魔法というのは」
「お使いぐらいなら別に俺一人でも良かったんじゃないですか? リゼさんは家でゆっくりしてればいいのに」
「ふふ、良いじゃないですか。偶には二人でお出かけというのも」
「どうせならロウも連れてくれば良かったですかね?」
「お昼寝中ですから、寝かせておいて良いんじゃないですか?」
「まあ、それもそうですね」
確かに結界魔法を張っているし、何かあれば連絡が出来る様に魔法具も置いている。癒しの時間を邪魔しては酷だろう。
「ザイン君は何処で魔法を習ったんですか?」
「俺はずっと独学ですよ。色んな本を読んで、片っ端から魔法を使って覚えただけです」
「ふむ……じゃあ、ザイン君は天才だったんですね。一人でそこまで出来る様になるなんて」
「天才……では無いと思いますけどね。子供の頃に時間だけはあったんで」
「子供の頃ですか?」
「転生者ってヤツなんですよ。俺の場合はぼんやりとしか記憶は無いんですけど、前世の頃を何となく知覚出来るんです」
「ああ、それでですか。転生者なら子供の頃からも勉強に打ち込めますね」
昔は本当に本ばかりを読んでいた。爺様の蔵にある本は片っ端から読んでは試していたっけな。
「特聖は何歳ぐらいで覚えたんですか?」
「何歳だったっけな……十歳の頃には使えたと思うから……それよりも前かな……」
誕生日すら祝って貰った記憶が無いから、自身の年齢に対して酷く無頓着な少年時代を過ごしていた。前世の記憶もある事から、自身の年齢の乖離に酷く戸惑ったのを何となく思い出した。
「登録はされていないんですか? 協会に行った事は?」
「無いですねぇ、別に強制じゃ無いので、いいかなって」
「でもお金は貰えるんじゃ無いですか? 研究資金がどうのと……」
魔法学院という施設があり、それを運営するのが魔法協会である。有数の魔法使い、及び相当数の神格により魔法使いを管理する機関。
市場に出回っている魔法書も、魔道具も、全ては協会を通して、または許可を得て販売されている。
時々闇市なんかで勝手に販売されている物もあるが、それを取り締まるのは騎士団の仕事だな。管理する者が居れば破る者も居る。酷く当然の摂理だ。
「世界で……八十人でしたよね、二つ名の魔法使いは」
「正確には八十五人。おっ、今八十六人になりましたよ。『回帰』……果たしてこの人は協会に申し出るのかどうか……」
「……分かるんですか……魔法使いの位置が」
「位置までは分かりませんよ。ぼんやりと世界に刻み込まれたのを知覚出来るだけです。能力も、分からないから知りたくなる」
とはいえ、これも全て二つ名を持つ魔法使いにしか適用されないのだが。強力な存在は世界に歪みを作ってしまう。俺はその揺れを認識しているに過ぎない。
「何というか……常識外れすぎて、何が何やら」
「ははは、確かに。あっ、ここですか? さっさと買って帰りましょう」
何でもない生活用品を買い足している途中にする様な会話では無いなと苦笑しながら必要な物を買い足す。
店を出た頃には太陽が昇り切り、頭上から日の光となって降り注ぐ。朝食から数時間、胃袋にあった食べ物は消化された。早く栄養をよこせと、主人に対して反逆の音を響かせている。
「ふふっ、何か食べてから帰りますか?」
「ですね」
何か持ち帰りが出来る物が良いなと噴水広場まで出てくれば、丁度良い所にホットドッグの屋台が目に入る。
三人分購入し、何とはなしに広場を出る。魔法を発動させる為に、出来る限り人目の少ない場所を探していると寂れた教会が目に入る。
外壁は既に風穴だらけ。広場から少ししか離れていないというのに、街の中心にこんな物があったなんて、知らなかった。
「昔からあるんですよ、この教会。誰も住んでないから肝試ししたっけなぁ」
「へぇ、昔か……ら?」
教会の正面扉、僅かに階段になっている場所に黒い誰かが蹲り座っている。黒いツインテールで顔は見えないが体型からして女性だろう。オンボロなゴシック調の服は野鳥にでも襲われたのか、ボロボロに破れている。
「『信者募集中!!!』……? 何処かの神様でしょうか?」
「神……ですね。信者が居ないのか、力は無いみたいですけど……」
何だろう、彼女を見ているとすごく虚しいというか、悲しくなってくる。縮こまり蹲っているから、その感情を助長されているのかもしれない。
今や神と悪魔は人に寄り添って生きる時代だ。プライドを捨てきれず、人に寄り添わなかった神格は信仰心を失い力を失っていくと聞くが、彼女がその状態であるのかもしれない。
「触らぬ神に祟り無し……ですよね」
「そうですね、面倒事に巻き込まれる前にここから――――」
ギョロリ、座り込んでいた女神の顔がこちらを睨み付ける。血走った眼は獲物を見つけた肉食獣が如く、俺達の元へ肉体を躍動させる。
「ヴェアアアアアアアっ!! お願い信者になってエェェェェェェ!!」
「うおぉっ!?」
ホラー映画ばりの光景に怖気が奔り、すぐさま屋敷への境界を超える。何だあの信者を求める亡者は、神の後光も有りはしないじゃないか。
「これも時代が生み出した悲しい産物なんですね……」
「いや、多分そんな深刻なものでは無いです。プライドを捨てきれないタイプの奴ですね、アレ」
ゆっくりとしたお使いは、最後に出会った女神により崩される事になった。どうかあの亡者とは二度と会いません様にと願わずにはいられない。
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