第22話

「チキチキ! ザイン家所属、家政婦採用面接ー!!」


「いえぇぇぇぇぇいっ!!」


「うぉううぉういえー」


 俺は一人で生活が出来る男だ。いいや、一人でしか生活が出来ない男だ。ロウの世話をしながら、魔法の研究をしながら、家事をする。この過程が非常に難しいのだとここ数週間で悟ったのだ。


 故に、今こそ念願の家政婦さんを雇う為の面接が開始される。


「一つ、人柄。二つ、家事。三つ、ロウに気に入られるか!」


 給料は相場よりも上げている。勤務時間も長くは無いし、住み込みならば更に給料アップのオマケ付き。


 面接室に机を置き、三人で並んで相手を待つ。俺とレオナは机に肘を立て腕を組み、それを見習ってロウも同じ格好をする。


「では、一人目の方。どうぞお入り下さい」


「ヒャッハー!! 待ちくたびれたぜぇッ!!」


 扉のノック、そんな当たり前の返しが無い。などとショックを受けている間に扉は見事に蹴り砕かれる。


 入って来たのはオレンジ色のモヒカン野郎。まるで世紀末から迷い込んだのかという程のパンクファッションに度肝を抜かれてしまう。


「……お名前と志望動機をお願いします」


 だが、まだだ。諦めるんじゃあない、こんな見た目だけれど、扉を蹴り砕いてはいるけれど、きっと緊張故の過ちに違いない。俺はそう思いたい。


「名無しのジャック様とは俺のコトよォ!! ヒャハハハァー!!」


「え、ええと……志望動機を……」


「俺はいずれこの街を……いや、世界を手に入れる男ダァ! これはその一歩に過ぎネェ!」


「ダ、ダメですよ先生。完全に頭ハッピーセットって感じですよ。お話通じて無いですって」


 うむ、俺も同意である。だがしかし、最後のロウ判定が残っている。彼女が懐くのならば、他の条件を無視してでも雇いたいものだ。


「うぅ……ジャック……こわいぃぃ……」


「はい面接は以上ですご縁が御座いませんでしたァっ!」


 捲し立てる様にしてジャックを殴殺し屋敷の外へと叩き出す。ロウの判定は比較的まともそうで良かった。


「え、えぇっと、それでは次の方どうぞー」


「失礼します」


 やや控えめなノックと共に痩せ型の男が入室してくる。服装は黒ベースのジャケットで街中にも容易に溶け込める。見た目としても黒髪黒目で特筆する事は無く、面接の態度事態に問題は無さそうだ。


「それでは、名前と志望動機をお願いします」


「はい、シュピーネ・ランパートと申します。志望動機は家事、特に『料理』が得意であれば採用率高しとありましたので、動機と言えばそれでしょうか」


 何だろう、最早感動すら覚える。先程のショックのあまり常識という枷が吹き飛ばされてしまったのかな?


 だがしかし、ここで目利きを緩めてはいけない。きちんと精査し、見極めなければ。


「はい、やっぱりアタシ以上は料理が出来る事が望ましいです。とは言え、アタシも大した腕は無いんですけどね」


「そうですか……私以外にも『料理』が出来る方が……御見逸れしました。いつか手合わせをお願いしたいものです」


「お、御見逸れ……? 手合わせ……?」


「あはは、大袈裟ですよランパートさん。料理の腕には自信がおありなのですか? 俺も料理は嗜んでいるんですよ。けど、本家の料理人と勝負となると、まるで歯が立たちませんよ」


「おや……ザインさん……でしたか。貴方も『料理』を……?」


「え? ええ、しますよ。適当に嗜む程度ですけどね」


「適当に……嗜む……だと?」


 ああ何故だろう。この人がまともな人に見えなくなった。きちんと精査をした結果、頭のネジが外れているんじゃ無いかと疑い出す。


「――――今までに……何人仕留めましたのですか……?」


 ――――仕留めた? 料理は狩りからとかそういう感じの――――。


「私は質では劣るのですがね……不正を敷く悪徳貴族を料理してやった事がありまして……それに邪魔な盗賊や山賊等も――――」


「ゴートゥー騎士団」


 料理が得意って、『通称料理』が得意な人が来ちまったよ。拘束、騎士団への通報、引き渡し。この三動作を有り得ない速度で終わらせてしまった。最初に来た奴も連行して貰えば良かったかな?


「さっきから頭の中がハッピーセットな方しか来ないじゃないですか……」


「本当だよ……この街には変人しかいないのか……」


 次の人を呼ぶ前だというのに、既に嫌な予感がしてきた。やばい、心不全かな。さっきから動機が止まらない。


「い、いいやダメだ。挫けちゃダメだ……ごほん、次の方どうぞ」


 それからの面接も多種多様な変態共が押し寄せる事になるなんて、この時の俺には知る由もなかった。


「うふぅん、よろしくぅ。お姉さんは風俗で働いてたんだけどぉ……あっ、特技見せたげる。セーター着てぇ、谷間を擦るとぉ……はい、せいでんきぃ!」


「却下っ! 教育に悪い!」


「君は人の皮膚を削いだ事はあるかい? 私は削がれるのが趣味でね。そら、このナイフで腕の所を削いで――――」


「騎士団のみなさーん! キャロール! もう一度連行お願いしまーす!」


「十歳超えたらババァなんだよ」


「だからどうしたここから出て行けぇぇぇッ!!」


「ヒャッハー! さっきの面接じゃあオレ様の全てを曝け出――――」


「テメェもだ! 入ってくるんじゃねぇ!」


「ハァハァ……ロ、ロウちゃん……か、かわゆす……!」


「あ、もしもし騎士団の方ですか? え、またかって? いやぁ、毎度毎度すみません……」


「ザインって言ったか――――お前を抱きたい。一目惚れだ」


「面接って知ってますか? お門違いも――――」


「うるせぇんだよクソがぁ! 男同士なんてお断りだァァァァ!!」


「蜂蜜下さい」


「森に帰れ!」


「すんませーん、ニート暮らしでもいいなら住み込んでもいいっスヨ」


「問題外だ! お引き取りお願いしまぁす!!」




――――


「モウ――――ムリ――――イミガワカラナーイ」


「先生! しっかりして下さい! それに、割とキャラ壊れてますから! 残りは一人ですよ!」


「フッ、フフフフフ。どうせ最後だってロクでもナナでも無し野郎が来るに決まってる。俺は詳しいんだ……」


「先生! せめてキャラは――――達観クールの中に若干の熱が入っている系の主人公としてキャラだけは保って下さーい!」


 ふふふ、レオナが何を言っているのかわからないなぁ。ロウに至っては寝てるし。あれだけの変態の応酬の中で眠れるなんて、きっと丈夫な子に育つぞう。


「あの……入っても大丈夫ですか……?」


「えっ、あっ、はーい! ほら先生、もう一踏ん張りですから!」


 朦朧とした意識の中へノックの音が鳴り響く。藍色のポニーテールで歳は俺よりも少し上ぐらいのお姉さん。


 外見的に尖った箇所は見当たらない。少し落ち着いた雰囲気の女性だ。


「スゴいですよ先生! ノックですっ!!」


「ふふふ、ノックなんて半分以上出来てただろぅ? ほぉらお前はなんなんだぁ!? 谷間で静電気出すのか!? へそで茶を沸かせるのか!? もう何が来ても驚かん、見た目が普通なぐらいで生き残れると思うなぁっ!!」


「え、ええとぉ……家政婦の面接……ですよね?」


「いいえ、変態共による一発芸大会です」


「先生ェ! 正気に戻って下さーい!!」


「――――ハっ!?」


 レオナの渾身のビンタにより俺は正気を取り戻した。今までの俺は一体どうしていたというんだ、幻覚でも見ていたかの様な倦怠感が体を襲う。


「ん、んんんっ! それでは、お名前と志望動機をお願いします」


「はぁ……リゼ・リドルバードと申します。一通りの家事は出来ますので、それを生かせて、尚且つ住み込みも可能という事で応募させていただきました」


「なるほど……住み込み希望なんですね。では――――一発芸をお願――――!?」


 駄目だ抑えろ、俺はまともだ。今までのは全部悪い夢なんだ。悪夢を見た後は調子が出ないだろう? これはそれと同じ事なんだよ。


「長所と短所を教えて下さい」


「長所は先程も言いました通り、家事が得意です。それに、生活の中でご迷惑を掛ける事は無いと思います。短所は――――」


 来る、来るのか!? 見た目、動機は普通な人ほど芸達者な奴が多いんだ! さあ見せるがいい、お前は何が出来るんだ!


「――――二十六にもなって結婚できず、両親からの視線を気にしている事ですかね……」


「…………それだけ?」


「そ、それだけってなんですか! 決して収入が良い仕事に就いている訳でも無く……恋人の一人も出来ないまま……実家でゴロゴロしてると結婚はまだかと両親にせがまれるんですよ……もう、家に居場所が無いんですよぉ」


「ま、まあまあ落ち着いて。じゃあ住み込み希望ですね。分かりました」


 今までの全てが嘘だったんじゃ無いかと思うぐらい普通の人だ。


「それでは採用になります。出来るだけ早めに越してきて欲しいんですけど……」


「は、はい! 荷物を纏めて、明日にでも住まわせて頂いてよろしいですか?」


「ええ、荷物はこちらで運びますよ。部屋もいくつかありますから、この後で好きな所を選んでください」


 リゼは少しだけ不安そうに顔をしかめる。


「ここまで好待遇で大丈夫ですか? 給料もかなり良かったですし……」


「ははは、大丈夫ですよ。これからは俺も働いたりしますし、気にしないで下さいよ」


「ところで給料ってどのぐらい何ですか? 全部先生に任せてましたけど」


「月百万」


「ひゃっ!? 百万っ!?」


「少ないようなら言って下さい。これからは家族の一員として、よろしくお願いします」


 こうして怒涛の第一回面接は終了となった。多大な犠牲を出しつつも、何とか一命を取り留める事が出来た。


 金銭感覚についてレオナに酷く叱られるが、それはまた別のお話。

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