第23話
新しくリゼという女性が加わり、我が家は賑わしさを増していった。
「おはようございます、ザイン君。あら、ロウちゃんも一緒ですか?」
「んにゅ……おはよ……リゼ」
「おはようございます」
今日は俺のベッドへと潜り込んでいたロウを背中に背負い、リビングを訪れる。ロウの体は僅かに発熱しており、温かい抱き枕の様な心地良さを持つ。
「今日はどうされますか? 魔法の研究をされるのでしたら、お弁当を準備しますけど」
「そうだな……どうしようかな……」
「ねぇ、ザイン。遊んでぇー」
朝食を口にしているとロウからの甘える声が。
「仕方がない、今日はオフだな。家でダラダラしようか」
髪を撫でれば軽く火花が舞う。ほのかに温かく、何物も燃やさない優しい煉獄。
「では洗濯物なんかも出しちゃって下さい。今日は天気が良いですから、片付けちゃいましょう」
「分かりました、お願いしますね」
「んんぅ、リゼ、手伝う」
「大丈夫ですよロウちゃん、ザイン君と遊んでいてください。私の事はお構いなく」
むぅとロウが頬を膨らませる。俺はそんなロウの優しさに乗っかってやろうと食器を片付け始める。
「オーケー、それじゃあ今日は二人でリゼさんを手伝おうか。一緒にお洗濯だ」
「うんぅ、洗濯!」
「もう……ザイン君まで……」
「はは、これもロウが将来家事を覚える為ですよ。今の内に仕込んでやりましょう」
リゼはやれやれと困った様に笑っているが満更でも無いらしい。皆で食器を片付けて、家中のシーツを搔き集め、洗濯機の中に放り込む。
俺の記憶の中にある洗濯機とは違う、魔法文明を取り入れた似て非なる発明品。世界は違へど、行きつく先は同じらしい。誰もが便利という物を突き詰めてしまうのだろう。
「凄いです、ザイン君の魔法で一瞬ですね」
「色々と改造したからな。構造は殆ど同じだけど、動力に細工をしてるから」
量産しようとは思ったが、量産段階までは至っていない。もう少し研究すれば道も見えるだろうが、今は他の事に集中したいのだ。
「ほい、運ぶぞ。ロウの分ね」
「うん、運ぶぅ!」
広い庭に立てかけられた物干し竿へとシーツを掛ける。リゼと、ロウと、俺の三人。ただの家事作業ではあるのだが、無性に心地良い。
あそこに籠っていれば、こんな思いを感じられ無かっただろうな。引き籠りから脱却して本当に良かった。
「そうだ、ロウ。少しだけ授業を就けてやる」
「じゅぎょー?」
「魔法のな。ほら、こっちおいで」
作業の終わった庭で軽く手を広げる。ロウの中にあるのはドワイトが残した『煉獄』だ。それに伴い、魂には進化の魔法が刻まれていて、今は解除する事は出来ない。いつしか出来るかもしれないが、俺が無理矢理解除した際にロウがどうなるか分からない。
だから俺は解除とは違う、別の道を選んだ。進化の魔法に寄り添う様にして、その力を自在に操る方法をロウに教える。そうする事で彼女をこの世界に存在する確かな生命体として確立させる為に。
「ほら、手を」
「うん!」
既に魔法の極致である特聖にまでは至っているのだ。ならば少しだけ魔力を体に感じさせれば、ある程度は自分で自由に出来る筈だ。
「流れる魔力を感じるんだ。色の無い魔力を取り入れて、体の中で自分の色に変えるんだ」
「循環、収縮、解放」
「解放はまだだ、留まれ。そうだ、そのまま……体の中に循環させろ」
ロウは魔法に関わると在り得ない程の成長速度を見せる。子供では無く、成熟した魔法使いとしての知性を浮き彫りにさせるのだ。分不相応の精神に、収まり切れない力を宿している。
それをまるで俺みたいだと思ってしまえるから、俺はロウから目を放せないのかもしれない。
「魔法は意識出来るか? 何がある?」
「炎の全てが手に取る様に理解出来る。オマエは――――『境界』か」
「こら、オマエじゃ無いだろ。口が悪い」
少し先に踏み込み過ぎた様だ。魔法を知覚出来過ぎている。魔法を操るシステムに成り果てる前に、今日の授業の終わりを告げる。
「ゆっくりでいいから、魔法を理解していくといい」
「むぅ、分かったぁ……」
「ロウちゃん、こっちで休みましょう? 疲れたでしょ?」
庭に生えている大木の木陰にリゼが座り、その胸の中に縋りつく様にしてロウが入り込む。
「ロウちゃんには……何か事情があるのですか?」
「……事情は……まぁ、あるよ」
俺もその隣に座り大木に背を預ける。
「話した方が良いよなぁ……」
この家を預かる事になる女性なのだから、ロウの事情。そして俺自身の事も話しておいた方が良いだろう。
「――――と、まあこんな感じだ。色々と複雑でな」
数分程度の話を終えるとリゼは頭を抱えて思案に更ける。何度かロウを撫でると、悩ましそうに俺に視線を向ける。
「『境界』に『煉獄』……ですか。それにローレンス卿にもそんな裏があったなんて……」
「誰にも言わないで下さいよ? ドワイトは自首したと触れが出ていますから。それに……知られればロウがどうなるか分かりませんから」
「何か来てもザイン君が何とかすれば良いんじゃないですか……?」
確かに最強であるとも言ったが、俺の指針については言っていなかったな。重要では無いが、知っておいて欲しいと思ってしまう自分がいる。
「その……自分語りみたいで恥ずかしいんだけど……いや、完全に自分語りだな……その、力をあまり使いたく無いというか……」
俺は俺の力を使えば全てを救えると説き、そうなってしまえばシステムの様な人間に成り果ててしまうと、ドワイトにしたのと同じ事を語る。
「だから……俺は大切な人の為にしか魔法を使わない」
「そんな面倒な事を考えるより、助けたいのに動けないって理由を付ける方が辛くない?」
「――――そんな……もんですかね」
「ああ、別に気にしないでね? 私には大きい力が無いから言えてるだけであって……ザイン君みたいな力は無いから。でも、助けたいなら無責任に助けても良いと思うよ?」
「……ちょっと……難しいかもしれないです。けど……少しだけ考えてみます」
自分の心を守る為に作ったルールだったが、それが俺の心を少しずつ蝕んでいるという自覚はある。
「ありがとうございます、こういうの……あんまり話さないから……」
「楽な風に生きれば良いよ……けど――――」
「けど……?」
「――――あんまり適当に生き過ぎると……私みたいに結婚出来なくなるから気をつけてね」
「いや……まぁ……そう……ですね」
負のオーラが具現化している。大気にすら影響を与えそうな瘴気は俺の精神にすら及びそうだ。
「だ、大丈夫ですよ! リゼさんは美人ですから、すぐに結婚できますよ!」
「えっ!? じゃあ私と結婚してくれるんですか!?」
「それは嫌ですけど」
それからの事を語る勇気は俺に無い。ただし、暫くは料理に瘴気が籠っていたのは確かだ。
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