第21話

 【バルマテン大陸】。古くから多くの迷宮が生成され、神と悪魔、様々な亜族が暮らしている。


 神と悪魔の闘争が神話と呼ばれるまでに昇華された現代となっては、人と寄り添い、争いの影も見えない。


 神は自身の存続の為に信者を募り、悪魔は生活の為に人に力を授けている。どちらも人と寄り添うという性質上、アストナークの様な辺境の街には中々姿を現さない。


 大陸の中央に位置する【エンデル王国】。数多くの迷宮を領地に保有しており、冒険者は後を立たない。


 立地とその性質故に、世間では大陸の交差点などと呼ばれている。


 エンデル王国の城内では今回の件により、僅かばかりの噂になってしまっていた。


「議長、妙だとは思わないかい?」


「むっ、ダンタリオン様? どうされましたかな、この様な所で」


 議長と呼ばれた男は城内にある書斎にて、今回発生した一連の事件の報告書を作成していた。


「いやさ、煉獄の魔法使いの件だよ」


 『冒涜』の悪魔、ダンタリオン。二十代半ばの女性という様相を好んで愛用している。薄紫の髪に同じ色の瞳。全てのパーツが完璧なまでに整っており、切れ長の目は無自覚にもあらゆる者を誘惑してみせる。


 現代日本に於けるスーツなる物を着崩し、議長の目の前の机に腰掛ける。


「ほっほっほっ、また珍しい服装でいらっしゃる」


 どんな服装にも合わせるサングラスをかけ、ニヤリと笑う。


「ありがと議長。服の事はまた後で褒めてくれ。今は――――」


「ふむ……ドワイト・ローレンス。『煉獄の魔法使い』。『カドゥケウス大戦』に参加し、魔物の軍勢を退けた……華々しい戦果を挙げた魔法使い」


「今はアストナークに隠居し、死別した妻子の傷を癒すかの様に孤児院を経営していた……が」


「結果はコレ……ですな」


 議長が手に持つ資料を無造作に机へ投げ出す。


「外道な実験を繰り返し、最強の合成人間を造ろうとしていた……などと。魔法の才能ある子らは、皆一様に命を落としてしまった」


「おまけに、妻子の死も自分でやったらしいじゃないか。大した才能も無い自分の子供をその手で焼き殺したんだとか」


 人間として外道と言わざるを得ないのが今回の騒動の主役、ドワイト・ローレンスである。


「ああ、本当に、なんて外道なんだ」


「ダンタリオン様がその様な事で感傷に浸る方だとは思いませんでした」


「酷いな、悪魔だって傷ついてしまうぞ?」


 外道な魔法使いが非人道的な実験を行い、捕まった。それに伴い過去の罪状が芋づる式に明るみになり、世間の目に晒された。


「そう――――一番の懸念点は自首したということ。何故今更になって、妻子を殺してから十五年後、全てを隠蔽してきた男が一体どうして……自首なのか」


 涙を流しながら、まるで今までしてきた事を後悔してきたかの様に騎士団へと自首してきた。在り得ないとは言い難いが、どうして今更になってなのかとダンタリオンは懸念する。


「まるで性格、善意と悪意をごちゃ混ぜにでもされた様だと思わないか?」


「善意と悪意ですか……まぁ、今更だとは思いますがな。心境の変化と切り捨てるのは、確かに不可解でありますが」


「だからね、オレは思うんだよ。誰かがドワイトに介入したのでは無いかとね」


「介入……ですかな? ですが、人の心を操るなど……人に可能なのですか?」


「人間には不可能……とまでは言わないが、二つ名持ちの魔法使いでなければ不可能だろう。神か同輩、どちらかが自首させたと思うのが妥当かな」


「ふむ……ですがアストナークですぞ? 田舎とまではいきませんが大きい街では無いでしょう。神格がいらっしゃるとは伺っていませんが」


「そうなんだよね、ホント。居ても弱小揃いだろうし……だからオレが睨んでいるのは魔法使いの方」


 ダンタリオンは机の資料を軽く捲り、今までの情報を見直しながら最後のページで手を止める。


「魔法使い……二つ名持ちも居ましたかな……? 名簿を改めましたが、あそこには誰も……」


「居ないね、けれど……当てはある」


 資料の最後のページ。空になったローレンス孤児院を買い取ったザインという男の名前が綴られていた。


「さて……君は一体、何者なのかな?」


 議長も興味深げに資料を覗き込み、ザインの経歴を調べ始めた。本人の知らぬ間にザインという存在が世界へと知れ渡っていく。


 最強すら当の昔に超えた男を、冒涜の悪魔が知るのは近い。

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