第20話

 窓から差し込む朝日に目元を照らされて目が覚める。鼻孔を擽る良い匂いによって更に意識が覚醒し始め、朝食の類ではないと感じ取れた。


 ご飯では無ければ、一体何だとしっかりと目を見開く。


「ん……んにゅ……」


 腕の中が温かく、柔らかい感触が広がる。俺はどうしてレオナと一緒に寝ているんだろう。


「……また入り込んだな……こいつは……」


 最近、レオナがとてつもなく甘えてくる。大好きだと告白をされたのかとも思ったが、返事を求めている訳じゃ無いと言われ、それなりに悶々と考えもした。


「どういう意味で好きなんだ……おーい」


 未だに深い眠りにつくレオナの頬を軽く突く。可愛らしく喉を鳴らし、眉根を寄せて更に深く胸へと顔を埋めてくる。


「朝飯でも用意しておくか……」


 ベッドから抜け出そうとしたがレオナが眠ったまま服を離してくれない。少し抵抗してはみるが、中々に苦戦を強いられる。


「んっ……やぁ……」


「はいはい、ごめんな。先生を離しておくれ」


 ゆっくりと、少しずつ引き剥がしキッチンへと向かう。


 ここは以前ローレンス孤児院と呼ばれていた建造物である。ここに住んでいた子供達は既に別の施設へと移された。


 今は俺とレオナ、そしてドワイトの新しい肉体として造られた人造人間が暮らしている。とはいえ、その子は今も眠りに就いており、目を覚ますのを待ち続けている。


 そろそろ本気で目を覚ます為に奮闘しなければならないなと廊下を歩きながら思案する。家具の運び入れも未だに途中であるし、ここに住む為の必需品も揃えて行かなくてはならない。


「まずは家政婦さんでも雇うかな……」


 とりあえず、まずは朝食だと扉を押し開け、三人暮らしにしては少し大きいキッチンへと足を踏み入れる。




――――


 二階にある寝室を訪れてベッドに横たわる彼女を見下ろす。彼女と形容していいのかは分からない。彼女の肉体には性器と呼ばれる物が見当たらず、顔立ちも両性と呼べる程で男とも女とも取れる。


 それでもクリスという少女がベースになっているというのなら、女性として扱うのが適正だろう。


「三日の経過を見ても変わらないか……魂の燃料……ね」


 魂としての形は整えられているものの、器を満たす燃料が空っぽの状態である。生半可な魔法で補強した所で人間として活動出来ず、強すぎれば人としての形を保てない。


「……コレしか無い……よな」


 掌に『煉獄』を取り出す。元々ドワイトが使おうとした肉体であるならば、コイツが一番の適性を見せる筈だ。


 何度もシミュレーションしてみたが、俺の中でもこれしか無いと答えを得た。空間、次元、肉体、次第に境界線を操り魂の器の中に『煉獄』を結合させる。


 この世界に命を芽吹かせる息吹が奏でられる。特聖に引っ張られる様にして、紅蓮の炎が彼女の体を覆い尽くす。周囲に被害が出ていないのは『煉獄』の性質によるものだろう。対象を選んで燃焼させられる炎は心臓に飲み込まれ、巨大な渦を描き切り消失する。


「上手くいった……」


 肉体と、魂と、人格の全てに異常は無い。全てが傷つける事無く、完璧なバランスで完成した。


 後は目を覚ますのを待つだけなのだが……いいや、ちょうど意識が覚醒する様だ。


「うっ……」


「大丈夫か? おっと、無理して起きなくてもいいからな?」


 ゆっくりと上体を起こし、日の光が差し込む室内を見回す。瞳に敵意は宿っておらず、感情の起伏も薄いと見える。


 俺はただ、彼女が口を開くのを待ち続けた。


「――――ほにゅ?」


「ほにゅ……?」


 彼女は首を傾げ、無垢な瞳で見上げてくる。どうしよう、どんな反応をすれば良いのだろう。


「こんにちは……?」


「こん……?」


「喋れる? えと……名前とかは憶えているかな……?」


「……ローレンス」


 彼女の、ローレンスの脳が急激に成長し、子供が持ちうる程度の機能まで修復した。心臓に収まった炎が紅く発光したかと思えば頭髪は燃え上がり、火花を散らす紅い色に変わる。


 現状に適合する為に体の内部構造が変化を……いいや、進化を繰り返す。


「ローレンス……ローレンス……」


 肩の肉が盛り上がり、皮膚が破れ流血する。進化に肉体の機能が追いついていない。このままでは進化に耐えられず自壊してしまうだろう。


「進化と魂の境界線」


 魂に炎が灯った瞬間に起動する進化魔法の様だ。こんな物を見逃していたなんて、俺もまだまだ未熟だな。


 枷を付け、成長に応じて魔法が体に馴染む様に設定する。ドワイトの奴め、とんでもない爆弾を残してくれたものだ。


「アレ……あぁ……?」


「子供と同程度……十歳ぐらいか……? 何か覚えている事はあるか? 名前は……ローレンスなんだよな?」


「うん……ローレンス」


 ドワイト・ローレンス。奴の名を引き継いで、魂にでも刻まれているのだろう。きっとクリスという少女の記憶は何も残っていない、ただの成長を続ける器のみが残されてしまった。


「ローレンス……それは君を生み出した人の名前でね。そうだな……新しい名前として、ロウで……どうかな?」


「ロウ……」


 治癒の魔法を彼女に使い、血が滲む体を布で優しく拭う。ドワイトとは全く別の人間として生きて欲しいと思うのは、例え俺の傲慢だとしても許される筈だ。


「うん……ロウ……!」


 コロコロとした鈴の音の様な弾んだ声と笑顔を見せてくれる。新しい出会いを噛み締めつつ、これからの成長に祈りを込めて。


「ザインだ。君がきちんと自立出来る様になるまで、俺がきちんと守るから」

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