第10話

「これで終わり、ですかね?」


「ああ……魔物は異常無し……だな」


 迷宮内の魔物調査を手早く済ませ、早々に報酬を受け取る。この程度の作業量でこれだけ貰えるのならちょろいものだ。


「それでは、これで失礼しますね」


「まあ待て、少し話をしようじゃあないか」


 肩をゴリラに掴まれる錯覚を覚えた。応接室の出口へと差し掛かった俺はシルヴィアに止められてしまう。そして何なのだ、その目は、捕食者か何かの真似事なのだろうか。


「これを見て欲しい。我が騎士団に所属した際の待遇を簡単に纏めさせてもらった」


「……勧誘って事でしょうか?」


「その通りだとも! 無所属であるなら、是非とも我が騎士団に入団してくれ! 待遇は破格だぞ!? 今なら食券も付けるぞ! これならば一年間食堂での料金が発生しなくなるのだ!」


「そんな誘い文句あります……?」


「この給料ならば豪邸で悠々自適に暮らせるだろう。悪い条件では無い筈だ」


「お断りします」


 掴まれていた状態から肩へと腕が回される。甲冑が背中に擦れ、女性に抱き締められているドキドキなどまるで感じられない。


「……我が騎士団の女性陣は少ないながらもレベルが高い。キャロルはどうだ、んん? 君を好いている様に見えるぞ? 彼女の為にも側に居てやったらどうなんだ、んん?」


「…………」


「不服か? 強情だな……給料を増やしてやる。それでどうだ? キャロルとの仲も持とう」


 何故だろう、彼女と話が通じる気がしない。


「あの……いくら誘われた所で俺は入りませんからね」


「何故だ、何が足りない? 押しが足りないとでもいうのか!?」


「押し過ぎですよ。それに背中が痛いです。力も強いし……」


 体格からして、やはり俺よりも力があるんじゃないだろうかこの人は。本来ならばドキドキするべき場面なのだろうが、命の危険的な意味でドキドキが止まらない。


「いいんですか? セクハラで訴えますよ? そろそろ離してくれないと全身の骨が折れちゃいますから」


「そ、そんなに強くないだろう! それに君の方だってアレだぞ、もっと鍛えて肉をつけなければ駄目じゃないか! ならばこれも追加だ。騎士団に入れば私が直々に訓練してやる! 理想の体を手に入れる為にもな!」


「欲しく無いですから……! いい加減……離れて下さいっ!」


「ふふふっ! 非力すぎるっ! その程度で――――ぬおっ!?」


「うわあっ!?」


 振り払おうと抵抗を続けるとソファに躓き床へと倒れ込んでしまう。シルヴィアの瞬時の対応により俺は彼女に覆いかぶさる様な形になってしまった。


「むっ、すまない! 大丈夫か……? 怪我は……?」


「痛つつ……大丈夫です。そっちも大丈夫ですか……?」


「だ、大丈夫ですかっ!? 凄い音がしましたけど!?」


「むっ」


「あっ!?」


 慌てて扉を開け放ったキャロルの目には俺達二人の姿が映った事だろう。


 そう――――女性を押し倒している男性の姿が。


「――――ごめんなさいっ!」


「待ってェっ!?」




――――


「はぁ……酷い目にあった……」


 ちょっとした騒ぎになりかけたが、弁解の言葉を残して街の方まで逃げてきた。勧誘は断ったが、シルヴィアから逃げ切ったとは考えない方がよさそうだ。


「これも目前の金に目が眩んだが所為か……」


 自分らしくないと言えばそうとも感じられるが、そろそろ纏まった金を用意しておかねば貯金が底を尽きかねない。


「ザックザクだ……色々と買い揃えられるな。そうだ、レオナにも渡しておかないとな」


 何時も我が家へと配達をこなしているレオナ。買い物の際に使う金は当然俺の金である為、一定の期間で金を渡さなければならないのだ。


「次は……明後日ぐらいだったかな。その時に……って、あれは……」


「あら、先生じゃないですか。迷宮の方はどうでした?」


 丁度仕事終わりのレオナとばったり再会してしまう。


「グッドタイミングだレオナ。俺の渡してた金がそろそろ切れそうだろ? 補充をと思ってな」


「ああ、そういえばそうでしたね。何か欲しい物とかあります? 最新式の釣り竿とかどうですか?」


「……何時から無自覚に煽る様になったんだい」


 レオナの言葉から若干のダメージを受けつつも封筒に入った金を手渡す。仲が縮まったと喜ぶべきか、年上としての威厳が消え去ったと悲しむべきか、難しい所である。


「今日はどうだった? 色々と忙しかったらしいけど」


「色々ありましたねー。西へ東へ、あっちこっちでしたよー」


 封筒へ入った金を少し多めに手渡す。彼女との付き合いも長い。そろそろ給料アップしても良い頃合いだろう。


「疲れてる所を呼び止めて悪かったな。ゆっくり休めよ」


 適当に話を切り上げ、別れの挨拶を告げるとレオナも笑顔のまま手を振ってくれる。帰路へ着こうとすると、レオナの首筋に赤い線が入っているのが目に入る。


「ちょっと待て、レオナ……首のそれは……?」


「えっ……? あ、これは……仕事で……ちょっと……ミスをですね」


 レオナの首筋には炎症を起こしており、水膨れが見て取れる。軽度の火傷、指で触れると小さく喉の奥で呻き声を上げる。


「『アクア・ヒール』。レオナ、大丈夫か? こんな所を火傷するなんて……一体何があったんだ?」


「大丈夫です、心配ないですから……! ごめんなさい、今日はもう帰りますね」


 呼び止めるよりも早く、レオナは家へと駆けていく。ただの仕事の怪我ならば原因程度は喋っても良さそうなものなのだが、よっぽど後ろめたい理由でもあるのか。


 俺はそのまま何をするでもなく、レオナの身を案じつつも街を後にする。




――――


「何故だ……何故だ……何故だ……一体誰が……異常は無かった筈だ……!」


 私が受けた報告は単純なもの。アストナーク騎士団団長からの直々の連絡。


『今朝の結界の件だが、別の魔法使いに依頼しまして、先程修復されたようです。ローレンス卿にはお手数をお掛けしました。もしも結界の準備を進めていたのでしたら、そちらの費用は騎士団で請け負いますので……何かあれば騎士団までお願い致します』


『いや……いいや、問題無い。ああ、構わない……では』


 私は世界でも有数の魔法使い。『煉獄の魔法使い』なのだ。ミカエル魔法学院を首席で卒業し、その後も様々な伝説を打ち立ててきた高名な魔法使い。


 ――――それこそがドワイト・ローレンスなのだ。


「異常は無かった……無かった……筈だ。では、誰が……?」


 この辺りで私よりも力がある魔法使いなど居ない筈だ。そんな人物が居れば嫌でも耳に入る。だからこそ、一体誰が結界を修復してみせたというのだ。


「まさか……まさか……あの男が……いいや、だが……」


 思い当たるのは少しだけ会話を交わしたあの男。歳若く、現実とは浮世離れした存在感を放っている魔法使いの男。


 あの時に放った魔法は確実に男を葬り去る為に発動した。それなのに、何の因果か、ザインとかいう男の側まで行った所で消滅してしまったのだ。


「……ふっ、いいや……そんな訳は無いだろう」


 余計な詮索はやめておこう。考えるだけ無駄だろう。偶々近くを名のある魔法使いが通り掛かり、偶々結界の不備に気が付いたのだ。


 きっと私よりも腕の立つ、有名な魔法使いの仕業だろう。近くに来たのならば私の所へ挨拶に来ればいいものの、相当に急いでいたと見える。


「そうだ……そうだ……そうだァッ……!!」


 これはきっと、そんな御伽話の一ページに過ぎない筈だ。

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