第11話

 今日も今日とて変わらない朝がやってきた。レオナの配達も無く、本当に一人だけの一日が始まったのだ。


「ぷはぁー、ココアなら飲める。アイスココアが染み渡るな」


 コーヒーで失敗してしまった為、ココアを届けてもらった。コーヒーの方が大人っぽいかとも思うのだが、俺の子供舌が否定してしまう。もう少し美味しい淹れ方を学んでから再度挑戦させていただこう。


「……牧場でも開こうか? いや……それは一人じゃ厳しいかな……」


 岡の上にある家から坂道を下り農場へと足を運ぶ。水魔法で雨の様に畑全体へと水をやる。


「最近……雨降らないな……」


 晴天なのは気持ちが良いのだが、畑への水やりという作業が増えるのは少しばかり面倒だ。


「あれだな、家政婦さんでも雇おうか」


 一人暮らしも長い間続けてきたが、どうも効率が悪い。誰かと一緒に過ごせるのならば、今よりも楽に生活が出来るだろう。


「でもなぁ……他人と暮らすのはなぁ……雇うにしても男かな」


 常に女性が側に居るとなると、気が気じゃない。例え年上で、恋愛対象外の方を雇ったとしても、異性だという事が気が気でない。


 昼飯はどうしようか。適当にパンとチーズでも摘まもうかな。


 農場を少しだけ見回り作物に問題がないかを確認する。それを終えると家へと戻りパンとチーズを持って地下室へと足を運ぶ。


 リビングを抜けて暖炉の横にある扉から細い階段を下りる。現と幻の境界線を飛び越えて、この世ならざる場所へと踏み込む。


 空の上の様に雲が敷き詰められ、小さな木の小屋が建てられている。あまりにも広い空間で本を読むのは落ち着かなかったから、こんな小屋が出来上がったという訳だ。


「さあて……ぁむ……どうしよ。ああ、この本久し振りな気がするな……読むか」


 空間の境界線を飛び越えて、この世界に保管してある本を一冊手元へと飛ばしてくる。


 風属性と土属性の魔法が大量に記された魔法書だ。初心者にはおすすめ出来ない、ただ魔法が羅列されているだけの魔法書を一ページ目から捲っていく。


「もう少し練度が上がったらこの辺のも教えるかな……付与か……何か新しい魔法でも作るか……いいや、やっぱりもう少しの間は他人の本にも載ってる様な魔法を――――」


 レオナとキャロルの事が頭から離れない。ここ最近の魔法と言えば、二人に教える事に重きを置いている。あの二人が立派な魔法使いになれる様に、俺も努力をしようと考えられている。


「俺が魔法を教えるなんてな……らしくない」


 それでも本を捲る手は止まらず、彼女達専用の特別な魔法でも考えてみようかと思考を巡らせる。


「物体へと付与か……中々珍しいよなぁ。魔力量の問題もあるよなぁ……基本的な付与は他のでも紹介してるし……付与の発展で空間自体へ……簡易的な結界に近い感じで……」


 人の為に魔法を作ってあげるのはとても新鮮だ。どうせなら段階的に使えるレベルを上げていける様にしよう。今の状態でも多少は使い勝手の良いように調整して、順に強くなれる様な物だ。


「キャロルは……そうだな……防御魔法全般が得意だからなぁ。取り回しが良い感じか……魔力を最大にまで振り絞って使う魔法か……」


 どうしようか……どちらにも運用出来る……最強の防御魔法とは何だろう。


「ここを……こうして……それで……こう。……いや、違うな……」


 近い内に二人へ伝授出来るレベルにまで仕上げておかねばならないな。




――――


「ん……ふわぁ……あぁ」


 軽く背を伸ばす。どうやら魔法を編み出している間に眠ってしまっていたらしい。今は何時ぐらいだろうと辺りを見回していると、この空間の前に設置された呼び出しベルが押されるのを感じる。


「あっ、もしかしてレオナが来たのかな」


 本をそのままに、慌てて空間から家に戻る。扉を潜ると見慣れたレオナが驚いた顔で跳ね上がる。


「わっ、そんな風に出てくるんですね……」


「ごめんごめん、驚かせちゃったな」


 開いた扉の中は白く発光しており、そこから人の体がぬっと出てくれば驚きもするだろう。


「おはようございます、先生。また徹夜しましたね?」


「おはよ、ついついな。そういう年頃なんだよ」


 二人して階段を上り、レオナが作ってくれていた朝食へとありつく。


「……むぅ」


「どうしました? 何か変な味でもしましたか?」


「いや……やっぱ良いよなぁって思ってねぇ」


「良いとは?」


「誰かにご飯を作ってもらったり、作ったり。一緒に暮らすっていうか……協力して生活をするのが……良いなって」


「……それ、誘ってます……?」


「誘ってる? 何をだ?」


「ふ、二人の時にこういう話をするっていう事は……つまり、そういう事じゃないのかなーって」


「んー、レオナでも良いけどさ。一緒に暮らすとなると男の方が良いよな」


 やはり気が休まるというか、同性ならではの悩みも打ち明けやすそうというか、女性といたらドギマギしてしまうだろうからな。


「……きっく、きっく」


「いた、痛いってば。どうしたんだよレオナ。まさかぁ……一緒に暮らしたいとか?」


「むぇ……!?」


 俺からの提案に驚き、レオナは顔を俯いてしまう。少しだけ期待に濡れた声色だったのは俺の気のせいだっただろうか。


「……アタシもそろそろ一人暮らしを考えてまして、孤児院のお世話になってばかりも悪いですから。だから先生の家で少しだけお世話になるのも良いかなーって、思っただけです」


「少しだけなら泊まっても問題ないぞ? レオナなら大歓迎だ」


「うぅ……えぇと……報酬の件に入りましょう! 今日の授業……と言いたいところなのですが」


「なのですが?」


「今日は先生に頼み事をしたくてですね」


 レオナが座り直し、リュックの中から丸まった紙を取り出す。


「『地天の迷宮定期大探索、人員募集!!!』……?」


「うちのギルドの主催で定期的に探索が行われているんです。地形が変わったのを見て、中の遺物も更新されますから。それを取りに行く為に」


 ここまで話をされたならば大体察しがつく。俺はレオナの少しだけ期待する声に相対する為に顔を上げる。


「つまり、探索に付いて行って欲しいと?」


「はい……そうすればみなさん安全かなと思いまして。アタシもモリモリ進んで報酬をたんまりと貰いたいですから」


 付いて行くのは構わないのだが、今は二人の魔法を作るのに本腰を入れたい気分なんだよな。というか、久し振りにここまで熱が入っている気がする。


「悪い、今は少し用事があってな。代わりと言っては何だが……こうして……こう。ほら、これを持ってけ」


 その辺のスプーンから銀の球体を造り上げ、ペンダント状にする。球体に筋を走らせ、水銀色に輝き始める。


「これは……?」


「そうだな……『ザインの瞳』と名付けよう。出来立てホヤホヤの魔法具だ。これさえあれば俺が何時でもサポート出来る。戦闘になったら呼んでくれ、ここから倒してやるから」


「相変わらず……規格外というか……凄いですね」


「レオナも何時か出来るさ。向こうの状況も確認出来るから、ガンガン遺物を取ってこい」


「……はい! お土産も期待していて下さい!」

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