第8話

 アストナーク騎士団団長、シルヴィア・クロフトは憂いていた。数日前に【地天の迷宮】で発生したガラルモスの脱走。次いで先日に発生したブレードウルフの脱走。後者に関しては団員の中に怪我人も出している始末。


「ローレンス卿、結界の方はどうだろう? 我々でも調整はしているものの、どうも調子が悪い様なのだ」


「ふむ……至って正常の様だが……緩んている様子も無い」


「では、迷宮内の魔物の力が増しているという事だろうか?」


 迷宮内の環境は一定期間で更新され、別の世界環境を描き出す。つい先日、魔物自体を強化する環境に突入し、魔物の脱走も頻発していた。


「そう取るのが自然であろうな。簡易的な結界を一枚上から張っておこう。後日、準備をしてから正式に結界の数を増やすとしよう」


「了解した。必要な物があれば何時でも言ってくれ、こちらで手配する」


 ドワイトは準備の為に馬車で街へと戻り、それを見送ったシルヴィアは迷宮の入口へと戻る。


 結界の準備の為、数日は厳重な警備のままかとシルヴィアは肩を落とす。堅気な騎士団よりも自由な冒険者の方が人気な時世、ルールを重んじているのはどちらも同じなのだが、騎士団という名前が悪いのかと静かに思案する。


「結界の件ですか?」


「キャロルか。何だ? 盗み聞きか?」


「申し訳ございません。耳に入ったもので」


「すまんな、復帰後だというのに……。暫くは今の体制のままになる」


「いえ、私は問題ありませんわ。いつまでも休んではいられませんもの」


 ザインとのデートから一週間が過ぎ、アストナーク内での勤務から迷宮の勤務へと参加する事になったキャロル。


「もし、私からも心当たりがあるのですが」


 最悪の場合は領主に物言いをし、冒険者との協力体制を取り付けねばならないかと頭に思い浮かべていた時にキャロルから提案が飛び出す。


「地天の迷宮の結界なのですが……知り合いに魔法使いがいまして。その方に見ていただいてはどうでしょう?」


「だがローレンス卿に見て貰ったばかりだぞ? それに、上から重ねて結界を張る段取りも執り行って下さっている。今の結界に不備は無いそうだ」


「そ、それは……そうなのかも知れませんが……そのぉ……」


 キャロルは恥じらいつつ、手で手を弄り続けるが引く気を見せない。


「……どうした、そんな顔を赤くして。らしくもない」


「いえいえ……その様な事は……ただ、見ていただくだけなら……騎士団の皆も休みが取れるかと思いまして……彼に結界の件で相談するのも良いのかなと……」


「まあ、私としては構わないさ。但し、見て貰うならば今日中にだ。今日の昼過ぎまでに来られない様なら、断る。結界の準備が整った後に、やっぱりいりませんではローレンス卿への面子も立たん」


「わ、分かりました! すぐに知り合いに連絡を取って見ますわ!」


 正直な所、キャロルにとって迷宮の結界は二の次である。問題が解決すればそれで良し。駄目だとしても、一週間振りに想い人と会える。


 期待感と共に、キャロルは一度街へと戻りレオナの元を訪ねるのだった。




――――


「――――っと。これがキャロルからの依頼になります」


「……ローレンス卿が見たなら、別に俺が見た所で変わらないと思うぞ?」


 丁度俺への荷物を運ぶ時にレオナへと言伝したらしく、そんな依頼が舞い込んできた。


「ま、まぁ……そうですよね。でも、アタシも先生に見て貰うのは賛成です。先生は先生ですから」


「何だよ、先生ですからって……」


 とはいえ近所の迷宮の結界に問題があってはおちおち昼寝も出来はしない。今日は暇……何時も暇なのだが、見るだけ見てみるか。


「ちなみに、見るだけでも一万ゼニ―出るらしいですよ? 問題解決の場合は五万ゼニ―らしいです」


「――――おいおい……そんな事を言われた後だと、俺が金目当てみたいじゃないか」


 ザインのやる気がぐーんと上がった。こうしてはいられない、早々に迷宮へと向かおうではないか。


「どうする? 街まで送ろうか?」


「はい、お願いしていいですか? 今日は立て込んでて」


 レオナの正面の空間をアストナーク近隣の林の中へと繋ぎ、俺も地天の迷宮への境界線を越える。


「さてと……どんなもんかな」


 林の中からいそいそと這い出て迷宮を見上げる。


 【地天の迷宮】。アストナーク郊外へと出現した地上型の迷宮。森の中に扮する様な緑色のピラミッド状の建造物。中の構造は迷路の様にうねりながら定期的に道筋を変える。構造が変わる度に中に存在する『遺物』も変わり、構造変化後は様々な冒険者が攻略へと勤しんでいる。


 この遺物というのが肝で、これを目当てに冒険者が躍起になっている。要は強力な魔法具なのだが、時には世界を揺るがす程の遺物も混ざっている。自身の命と引き換えにギャンブルでもやっている様に、彼らは今日も迷宮へと突入していく。


「あっ、ザインさん! 随分とお早いですね!」


「おはよう、キャロル。朝からお勤めご苦労様」


 挨拶もそこそこに、俺は迷宮の前まで通される。入口は縦横百メートルずつあり、ちょうど真ん中に騎士団の詰め所が作られている。中の魔物が出られない様にバリケードが築かれており、本来の入口は縦横三十メートル程度の門が一つあるだけだ。


 ここが迷宮内とを区切る最低ラインだという白線が引かれており、目を凝らせば青白い結界を目で捉える事が出来る。


 込められた効果は魔物を外に出さないという事と無断通過者に対して警報が鳴る仕組み。


「ザインさんの目から見て、いかがでしょう? ローレンス卿が先に見ていますので、問題は無いらしいのですが……」


「ああ、二十番目の結び目が緩んでるな。それと五十六番もか、これが綻んでたから見え辛いな……よし、これで直った」


「……え?」


「随分と影になってる箇所だから、見え辛かったんだろうな。本当に、少し綻んでいる程度だけどさ」


 例え名のある魔法使いであろうと、これは見落としてしまうかもしれない。


「これなら上から結界を張らなくても大丈夫だと思う。中の魔物が強くなっているかは知らないけど、結界は正常だよ」


「そ、そんな直ぐに……見て分かるものだったのですか?」


「……? いやいや、結構分かり辛い箇所だよ。人によっては苦手な分野なのかもしれない」


 キャロルを勘違いさせてはいけない。結界魔法の調整や修復は練度の他にセンスやそれぞれの主観に大きく影響を受けるものなのだ。素人の魔法使いが案外、簡単に解決をしてしまうという例も珍しくは無い事だと説明をしてあげる。


「そういう物なのですね……結界魔法に関しては素人でしたので……恐れ入りました」


「中の調査はどうする? 魔物の強さが結界を超えている場合は今の結界でも破られる可能性が出てくるけど……調査をすれば報酬が上乗せされたりしないか?」


 これは決して金の為ではない。ご近所の安寧を保つ為の仕事なのだ。だからこそ、それに見合った金額を受け取るのが正当であろう。


「今なら大特価価格で見回るのもやぶさかではない」


「え、ええと……一度団長に問い合わせても……?」

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