第7話

「ローレンス卿の著書は全て拝見させていただいております。魔法に向き合い、正面からぶつかる姿勢には大変感銘を受けました!」


「ははは、君は勉強熱心なのだな。私も嬉しいよ、最近は君の様な子は珍しいからね」


 やはり同じ境地へと辿り着いた者同士、話が弾む。キャロルは先程から一歩後ろを歩いているばかりで申し訳無いが、楽しくて堪らない。


「卿の出されている理論は魔法の本質を追い求めているというか、以前にもありましたよね『正統な血筋には強大な魔力が宿る』と。まるで遺伝子の様に引き継がれるものなのだと」


「ああ、本当に……遺伝だよ。本来の魔力量というものは。適正属性すら引き継いで……かと思えば、突然変異で何も無い場所から強力な魔法使いが輩出される」


「前世の魂に引き摺られている可能性も提唱されていましたね」


「くくっ、ああ……何処かの本でそんな事も書いていたかな? よく読み込んでいるな」


「それはそうですよ。『煉獄』の魔法使いが直々に本を出すなんて、有り難いなんて言葉では表せない。生涯を懸けた魔法の一部を外へと広げているんですから」


「そうする事で新たなる芽を育てるというのも、我々の使命であるからな」


 少しだけ濁った視線を夕焼け空へと向けて、顎髭を弄りながらそんな事を口にする。彼の内側に存在する『煉獄』という存在が見て取れる。その境界線を踏み越えない様に、慎重に言葉を選びながら、本題へと入れぬまま、ずるずると話を続ける。


「そういえば、ローレンス孤児院のレオナ。彼女とは定期契約をしていまして、街外れの家へと荷物を届けて貰っているんです」


「ほお、レオナが。あの子は冒険者として上手くやっているのかね?」


「ええ、いつも助かっています」


 早く本題へと移りたい。俺の特聖とドワイトの特聖について語り明かしたい。何故人は別の特聖へと至るのか、それを朝になるまで語り合いたいものだ。


 しかし焦ってはいけない。彼とはもう少し距離を取りながら話しつつ、お茶をする関係にまで上り詰めるのだ。きっとドワイトもそれを見越して、関係を築いた後に本題に移る算段なのだろう。


「え、えぇと……それでですね……俺も結構魔法の勉強をしていまして」


 何とか次の機会へと繋ぐように、慣れないながらも言葉を紡ぐ。


「話を聞いていれば何となく分かるよ。本当に魔法が好きなのだな」


「はい! そ、それでですね……俺はいつか特聖が誰でも簡単に至れる様な研究を――――」


 空気が一瞬にして凍り付く。朗らかだったドワイトの表情は氷点下さえ下回る。


「貴様……今、何と言った?」


「で、ですから……誰もが特聖に――――」


「――――簡単に至れるものかッ!!!」


「……えっ?」


 暗闇が掛かった様な視線から、いきなりの怒号。俺は彼に対して何かしただろうか。至極全うな事しか口にしていない筈だったのだが。


「君が……気安く口にしていい領域の話じゃあ無いんだっ! 多少勉強熱心なだけで、特聖になど至れる訳が無いだろう!」


「いいえ、それは間違っている。特聖なんて誰だって掴めるものだ。それ程までに身近で、最初から自分の中に備わってすらいる。魔法はそれを知る近道でしか無い」


 何だろう、彼から感じるこの違和感は。何故彼は俺が特聖へと至っていないなどと言えてしまえるのだろう。俺は彼の魔法の全てを見て取れるというのに。


「ロ、ローレンス卿、落ち着いて下さいまし。ザインさんも……ね?」


 気が付けばキャロルは二人の間に立ち仲裁を行っていた。俺の手を静かに握り、心の底から焦っているのが分かる。


「……すまない、公の場で、このような怒号を……失礼する」


「あっ、待って下さい! ローレンス卿!」


 人混みに消えていきそうになるドワイトの手を掴もうとするが、勢い余って通行人の肩へとぶつかってしまう。


「痛ってぇっ!?」


「す、すいませんっ! ドワイトさん! 話を、せめて日を改めてでも話を……!」


「おいコラ待てェ……! 人の肩ド突いときながら『すいません』だけじゃすまねえだろーがよォ……!」


 いかにも堅気から外れているという坊主頭の男から肩を掴まれる。見てみれば彼の衣服は乱れ、声には怒気が混じっている。


「す、すいません……! 急いでいるんです……このお詫びは後日――――」


「後日ゥ!? 俺は怪我させられて、オマエさんは後でゆっくり詫びに来るってかァ? 舐めてんじゃねェぞコラァ!!」


「手を放しなさい! アストナーク騎士団です! 彼にも非はあるでしょうが、落ち着いて話し合うべきでしょう! そこまでされる謂れは無い筈です!」


 キャロルが間に入るが男は一寸の怯みも見せず、上からの目線は変わらない。


「私服で言われてもねェ。そもそも、そこのガキとのデート中じゃねえかよ。身内びいきたあ、騎士団様も偉くなったよなぁ?」


「彼にも非はあると言っているでしょう。一度手を離しなさい。騎士団が仲介し、話し合いで解決しましょう」


「おお、いいぜェ。離してやるよォ!!」


 男は俺を勢いよく地面へと投げ飛ばす。その勢いのまま、俺は地面を情けなく滑り転がる。口の中に血の味が混ざり、膝を強く打ち付け痺れる様な痛みが走る。


「あ、貴方はっ!」


「けけけ、離してやっただろォ?」


「――――情けない。それでも魔法使いの端くれなのか、君は」


 人混みが開き、一筋の道となる。それが当然であるかの様に、周囲の人々は王が歩くべく、脇へと退く。


 掌に収束するのは彼が磨き上げた魔法の極致。誰もが憧れ、その場所を目指す。紅き炎、地獄の深層、数々の異名を一点へと纏め上げ、ソレは世界へと、粗暴な男へと放たれる。


「――――『煉獄』」


 大気を、物質を融かさずに熱を保つ。標的以外には何の存外も出さず、標的を最高効率で融け堕とす。炎の、紅の究極を目の当たりにする。


 ――――いや……これは……死ぬだろう。


「世界と煉獄の境界線」


 目の前で声を荒げていた男の命の危機を感じ断ち切る、世界と魔法の境界線を。本来届く筈だった地続きの世界は分断され、男の無事という結果だけが残された。


「はっ……はっ……はへェ……?」


 強大な魔力の塊に当てられ、男は情けない声を出しながら気絶する。そして煉獄を放った当人は在り得ない物を見る様な目で周囲を確認しながら自分の掌を確かめる。


 俺が立ち上がり、声を掛けるよりも前にドワイトは姿を消す。残されたのは気絶した男とドワイトを賞賛する民の声だった。


「ザインさん……大丈夫ですか?」


「ああ……ああ、大丈夫だ。迷惑を掛けて……すまない」


 その後は順当に騎士団の詰め所へと男の共に出向き、仲介をされながら今回の騒動の妥協点を探り合った。

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