第6話

 買い物もそこそこに、本来の目的であるレストランへと足を運ぶ。


「随分と綺麗なトコだな……場違いじゃないかな、俺」


「問題御座いませんわ。ドレスコードがある訳でもございませんし」


 自然な話し方で接してくれと言われてしまい、態度を崩し接し始めた。ガラス張りで外が良く見える席へと通され、外にある中央広場の噴水が良く見える。


「ここにはよく来るの?」


「月に一度は。知り合いの方が経営していまして、通う様にしていますの」


 メニューを開けば聞いた事も無いような名前がチラホラと見受けられる。横に書かれている金額は俺の常識を数段飛び越え、ここが高級レストランなのだと教えてくれる。


「何でも食べて下さい! 今日はお礼ですから、先程のも含めて!」


「……お世話になります」


 俺一人ならばこんな店には入らないだろうから、今回はキャロルに甘える事にしよう。


 おすすめを聞き、黒羊のソテーを。キャロルはローストビーフを。出された水を口にしながら、落ち着いた店内に対し気恥ずかしさを覚え始める。


「人手不足で大変だね。まだ若いのに」


「そうですね。けれど、これもみなさんに安心と安全を届ける為ですから。苦ではありません」


 少し話して分かった。キャロルは立派な子だ。誰かの為に身を粉に出来るだけの意志がある。これから訓練を積んでいけば、騎士団長だって夢じゃないだろう。


 こんな良い子が一体どうして俺なんかとデートをしているのか。明らかに釣り合っていない、彼女の時間を奪っているようで心苦しい。


「……俺のどこが良いんだ?」


「えっ……?」


 そんな恋する少女の眼差しを向けないで欲しい。俺の事なんて視界に入れず、どうか自分の人生を歩み、自分に見合った相手と恋愛をして欲しい。


「――――助けていただいたから……というのは、弱いでしょうか?」


「だったら、やめておいた方が良い。理由として弱すぎる、君は一時的な夢を見ているに過ぎないんだよ」


 少し残念そうに眉根を寄せて俯くが、恋する少女の頬は未だに赤さを保ったままだ。


「君は凄い子なんだぞ? 若くして騎士団に入って、迷宮の管理任務までこなして、誰かの役に立ちたくて力をつけようとしている」


 ほんの少ししか話していないが、キャロルという少女の善性がこれでもかと感じ取れた。


「俺なんかと居ると、君の足を引っ張る事になる。だから、君は君のまま、君の人生を歩いて欲しいと思ってる」


「私は貴方の事をあまり知りません」


 気まずく視線を彼女に向ければ、未だに変わっていない。当然の様に恋する視線を向けてくる。


「魔法が使えて、遠くに暮らしていて、魔法にきちんと向き合って……とても優しい方だという事しか知りません」


 夢を見ている。キャロルは俺に期待し過ぎだ。そんな優しさ、持っていないというのに。


「あんな森の真ん中で、見ず知らずの人間を手当てしようだなんて思いませんよ、普通は。そういう事を、何でもない事のように話すから好きになったではいけませんか?」


 その程度でもいいのだろうか。なまじ恋をした事が無い俺からして見れば、キャロルの言葉の全てが眩しすぎる。


「……やめといた方がいい」


「では、やめたくなるまでは……しばし恋をさせてください」


 ならば今は甘んじてこの好意を受け止めよう。キャロルに相応しい人が現れるその日まで、恋をされる対象として過ごして行こう。




――――


「『アース・ウォール』!」


「おっ、早いな。今のは良い感じだ!」


 騎士団の訓練場で少しだけ魔法の訓練をつけてやる。食後の運動だとキャロルに誘われて、俺はそのまま同意した。


「あっ、お時間は大丈夫でしょうか? 本来なら昼食だけというお話でしたのに……」


「構わないよ、年がら年中暇人だから」


 言ってて少し恥ずかしくなるな。相手が立派な騎士様だからだろうか。


「ザインさんは魔法学院に通ってらしたのですか?」


「いいや、俺は独学。家の倉庫に魔法書があってさ」


「独学でその知識量は凄まじいですわね……」


「暇人だからな……気が付いたら、こうなってた」


 魔法の勉強は好きだ。それで他の人の役に立てるというのも好きだ。俺の知識が誰かの為になるというのはとても喜ばしいと思う。


「結構人が居るんだな……」


 向こうで訓練をしている人にアドバイスをしたい。火属性の魔法を上手く扱えずに悩んでいるらしい。


「ザインさん、あちらの方が気になりますか?」


「えっ、ああ……いやぁ……そんな事は……」


「一応、デート中なんですから、嫉妬しちゃいますよ?」


「大変申し訳ございません……つい」


 ふと視界の端にとある男の姿が見えた。白髪のオールバック、左目に黒いモノクル、髪色と同じ色の顎髭を蓄えた初老の男。黒に紅い線が入ったローブ。


 見た瞬間に分かる、あの男は俺と同じ魔法を極めた存在。火属性の極致に踏み入った男に俺の視線も奪われる。


「ドワイト・ローレンス卿、『煉獄』の魔法使いと呼ばれる御方です」


 俺の視線を読み取ったキャロルが応えてくれる。まさかこんな小さな街に特聖を持つ者が現れるとは思いも寄らなかった。


 ――――めちゃくちゃ話をしたい。自身の魔法理論について語り明かしたい。


「ローレンス卿は騎士団の顧問魔法使いでして、時々魔法の教導を行っていただいているんです」


「へっ、へぇ……煉獄……ドワイト・ローレンス……」


 ミカエル魔法学院を首席で卒業したと聞いたな。彼の著書は非常に面白い、普通の魔法運用を突き詰めた王道中の王道の魔法使いである。


「お話してみます?」


「是非ともっ!」


 許しを得た飼い犬の様に、教導を終えて離れていくドワイトの背を小走りで追っていく。


「あ、あの……! お時間よろしいですか?」


「むっ……君は……? ホームズくんも、どうしたのかね?」


「彼が少しお話をしたいらしく、よろしいでしょうか?」


「ふむ……すまんが今日は娘の誕生日でな。急いで帰りたいのだが……」


「道中でも構いません! ほんの少しの間で構いませんから!」


「ザ、ザインさん……」


 キャロルの呆れた声が聞こえてくるが我慢出来ない。俺と同じレベルの魔法使いと是非とも話てみたいのだ。


「ま、まあ……構わんが……」


「ありがとうございますっ! では、行きましょう!」

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