第5話

 アストナークは中央に貴族の家が固まっており、少し空いた所に商店街や冒険者ギルドが見えてくる。基本的にはレンガ造りの家が大半であり、街の周囲の家々は木造の安っぽい造りの家が並んでいる。


「ハァ……久しぶりだな……この街も。あれ、あんな店あったっけ?」


 約半年ぶりの街は俺の目に色濃く映り、新たな魔法具店に虚しい思いを馳せる。


 ――――ああ、露店巡りでもしたい。


 家にある唯一の外出用の衣服に身に纏う。これでも見すぼらしくはあるが、黒いローブでデートという訳にはいくまい。


「待ち合わせは……中央の噴水広場か」


 アストナークのランドマークである噴水広場へと足を運ぶ。現在は十一時前、約束の時間の一時間前に着いてしまった。


「流石に……居ないか? 魔法具店でも見て回ろうかな」


 軽く見回し、金髪で三つ編みの女性を探す。ぼんやりと広場を一周すると、目に留まる人物がソワソワと立ち尽くしていた。


 あれが恐らくキャロル・ホームズという人物だろうか。髪型と顔の特徴は一致している。


『ええっ!? どんな顔か覚えて無いんですかぁ!?』


『仕方ないだろ……興味無かったんだから』


 今更ながらレオナに落胆された過去を思い出す。キャロルが可愛そうだとか、男として死んでいるだのと、随分と酷い罵倒を受けたな。心がズキっとする。


 しかし改めて見れば幼いながらもかなりの美少女だ。衣服にも気を使っており、ゴシック調のドレスはまるで絵本から飛び出して来たかの様だ。


 一時間前だというのに、随分と奇特な子らしい。あの状態で待たせるのも忍びない、時間はまだあるが声を掛けるとしよう。


「こんにちは、キャロルちゃん……ですよね?」


「ひゃっ、ひゃいっ!?」


 文字通り飛び上がりながらキャロルはこちらへと振り向く。顔をこれでもかと強張らせながら真っ赤にしている。


「レオナから聞いてるかな? ザインって言います。今日はよろしくね?」


「ひゃい! キャロル・ホームズですっ! 今日はよろしくお願い致しますわ!」


「どうする? お昼まで時間あるけど、その辺でも歩こうか」


「そ、そうですね……行きましょう」


 自己紹介もそこそこに、俺達は中央通りを歩く。比較的綺麗な店が立ち並び、通路から外れる程小汚く、素朴さを見せてくれる。


「キャロルちゃんは騎士団の人なんだよね? お仕事は大変だったりするの?」


「そ、そうですわね。訓練もさる事ながら……迷宮の管理には毎度冷や汗を掻かされます」


「大変だね。この間も、無事で良かったよ」


 レオナが十四歳だから、キャロルは十五歳で一つ年上だ。腕も細く、体に魔力が馴染んでいる訳でも無い。戦力としてはとても心許なく感じてしまう。


「ザ、ザインさんはどうしてあそこに居たのでしょう。迷宮も近くて、危険な区域の筈なのですが……」


「俺は……少し遠出をしていたら騒ぎが聞こえて来てね。近寄ってみたら君が居たって訳だ」


「では……ブレードウルフを倒したのは、ザインさんなのでしょうか?」


「……いいや、俺じゃあ無いよ。君を治療したらおっかなくなってさ。だって魔物の鳴き声が聞こえてきたんだから、急いで逃げてしまったよ」


 幼い女の子を残してその場を立ち去る。これは意気地の無い男を演じれたのではないだろうか。これは女の子としては減点対象だろう。


「それは仕方が無いですわ。危険な状況にも関わらず、私を治療して下さってありがとうございました」


「いえいえ……大したことはしていませんので」


 おや、以外にも好感触なのでは? 顔に出さないタイプの人間なのだろうか。


「どうしようか、お店でも入る?」


「あっ、でしたら行きたいお店がありますの!」


 肩を並べていたキャロルが少し前に出る。そのまま後を着いて行けば、見えてくるのは馴染みの魔法屋だった。紫の光を放つ提灯が目印の店だ。


「ここは……」


「え、えへへ、デートとしてはどうかと思ったのですが……レオナから聞きましたの、ザインさんに魔法を教えて貰ったらどうだと」


「あはは……一体どんな紹介のされ方をしたのやら……聞くのが怖いな」


「魔法に対して、凄く真摯に向き合う方だと教えていただきました。それと、教えるのがとても上手だとも」


「……そっか……さっ、入ろう。お店の前で止まってちゃ迷惑だ」


 ガラス張りの扉を開けるとカランと乾いた音が店内に鳴り響く。それと同時に店員の声から歓迎され、目の前には様々な魔道具が並ぶ。


「何かおすすめの本があればお聞きしたいと思いまして。ひとつ、ご教授頂ければ嬉しいです」


「そうだな……属性は?」


 聞かなくても分かる、土属性だ。特聖を獲得した人間は魔法のエキスパート。例え他人の適性属性ですら手に取るようにわかるのだ。


「土属性です。でも、攻撃系の魔法が中々上手く発動出来ないんです」


「攻撃魔法か……なるほどね」


 キャロルの奥にある適性は防御魔法全般にあるらしい。特に癖も無く、魔法自体に適性があるのは非常に恵まれていると言えるだろう。


「普段はどんな魔法を使っているのかな?」


「C級の魔法が殆どで……防御でならB級までは扱えるのですが……」


 C級が初級者、B級が中級者、A級が上級者。その上にもS級があるのだが、これは市場には出回らない。魔法使い全体を管理している魔法協会という組織が厳重に保管している。


「だったら……防御を伸ばしてみてもいいんじゃないかな? A級まで行けば周りを守れる魔法もあるし、長所を伸ばす感じで」


「……その場合は、この間の様な状況で何も出来なくなってしまいます」


「この間の状況……? そう言えば、この間はどうしたの? 迷宮から魔物が飛び出すだなんて……」


「……我々の不注意です。交代時間中にいきなり飛び出してしまい……それを追い掛けて、負傷をしてしまいました……」


「それはまた災難な。じゃあ、この間のガラルモスの時も同じ様な状況?」


「ええ、魔物が活性化する魔法効果が振り撒かれる時期でしたから注意はしていたのですが……騎士団も人手不足でして」


「成程ね……だったら、自分一人でも戦えた方がいいね」


 人手不足ならば少しでも戦えた方が良い。自分一人で魔物と対峙した時、自分だけ守れても魔物を逃がしてしまう可能性が出てしまう。


「だったら……これとかどうかな。『魔法剣』っていう魔道具なんだけど」


 木棚に並べられている中から手に取る。それは西洋剣の持ち手の様な形状をしており、本来刃が付いているであろう根元には不自然な穴が開いている。


「これなら少ない魔力で近距離戦は補えるから、逃げようとする魔物にだけ魔法で攻撃すればいい。やるべき事を単純化すると、魔法っていうのは意外とすんなり発動する物なんだよ」


 これならば防御と遠距離にだけ気をつけていれば問題ない。戦闘慣れしていないであろうキャロルに打って付けだろう。


「……これならば……私も戦えるのでしょうか……?」


「キャロルちゃんの性質は防御魔法全体に寄ってるから、これから学んでいくなら防御を重点的に。攻撃も遠距離戦での立ち回り方を学びながら、それに見合った魔法を覚えていけばいい。援軍が期待出来るなら防御をしながら敵を戦場に留める、出来ないのなら死なない様に撤退する術を見出す」


「は、はい……なるほど……なるほど……!」


 どこから取り出したのか、キャロルはメモ帳に俺の言葉を書き留めている。


「ジェイク・オーガストの『防御方陣』がおすすめだな。彼は土属性でも有名な魔法使いだから、凄くタメになる事ばかり書いてるんだ。戦場での立ち回り方なんかも書かれているから、すぐに試せるよ。ほら、ここの『アース・ウォール』のページが解りやすいかな? 遮蔽物を生み出す魔法なんだけど、敵との位置を含めて図で説明されてるからとても解りやすい」


「ふふっ……うふふ……」


「……? どうかしたか? 何か変な事でも――――」


「いえ、急に申し訳御座いません。あまりにも楽しそうにお話をするものなので……つい」


 笑顔の彼女とは反面、顔の体温が上昇していくのを感じた。初対面の、それもデート中の相手に対していきなり早口で説明するなんて、どう見てもキモすぎるだろ。


「ご、ごめんな……急に。でも、君の力になるのは間違いないからさ」


「それに、敬語も取れてます。普段はその様な話し方なのですね」


「ああ……あはは……はは……お恥ずかしい」

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