第3話
「六大属性とは別に、魔法の特性がある。単純な話、切断が得意だとか、粉砕が得意だとか……色々な」
家の近くの小さな川の側に腰掛け、用意した釣り竿から糸を垂らす。最近はいつも晴れているなと一度だけ空を見上げ、隣で糸を垂らすレオナへと視線を向ける。
「……先生……最近手を抜いていませんか……?」
「馬鹿者、基本を見直しているだけだぞ。魔法は――――」
「一日にして成らず、ですよね。分かってますよ……」
本日三回目の引きを見せたレオナは釣り竿を持ち上げ、釣り上げた魚をバケツに放る。
「私は物質への付与が得意……ですよね」
「その通り。珍しい所で言えば空間へ直接付与するのが得意だったり、人体の一部の部位にのみを強化出来たり。これも当然ただの適性の問題であって――――」
「魔力の効率が良く、覚えも早い……っと!」
何時の間にか四匹目の魚がバケツに入れられており、気が付けば今入れられたので五匹になっていた。何故レオナが釣る時だけ入れ食い状態なんだ。
「そういえば、街で話題になってましたよ。迷宮から抜け出したガラルモスを何者かが倒したって」
「アストナークで?」
ここから一番近い街で、レオナも暮らしている【アストナーク】。周囲には数々の迷宮が存在しており、それを目当てに冒険者達が盛んに出入りしている。
迷宮とは、魔力の淀みにより世界へと現出する建造物の事である。陸海空と様々な場所へと現出し、冒険者達が進んで攻略に励んでいる。
「騎士団は人手不足なのか? あの程度の魔物が抜け出すなんて」
「あの程度って……ガラルモスと言えばA級相当の魔物ですよ? うちのギルドでも倒せる人なんて数えるぐらいしか居ないんですから」
「ふぅん……じゃあレオナが倒せる様に修行しないとな……おっ!」
今日初めての竿の引きに腰が浮く。ウキウキと竿を持ち上げれば、待っていたのは木の枝だった。
「…………」
「あはは、外れですねー」
本日……最早何度目だろうか。気が付けばバケツの中には魚で一杯になっていた。
「……お上手で」
「えっへん」
ドヤ顔をかますレオナに先生として完全敗北してしまった気分だ。
「先生は街で暮らさないんですか?」
「街で……ねぇ」
思えばこういう話をレオナとするのは初めてな気がする。今まで何となく関係を続けていたが、この程度ならば踏み込んでもいいかと断じてくれたのだろうか。
「何となく、一人で暮らすのが性に合ってるからかな。偶に街に下りるぐらいが丁度いいんだよ」
「退屈では無いですか? こんな所で、畑を耕してばかりで」
「そういう退屈が心地良いんだ。まだまだ魔法の研究にも力を入れたいしな」
「極致である
「好きだからな。色々と新しい発見もあるし、趣味みたいなものだ」
「そういうものですか……先生なら女の子にモテモテの魔法使いになれると思ったのになぁ」
「何でモテモテだよ……俺みたいな日陰者はモテないのが鉄則なんだって」
昼前になり、そろそろ戻るかと立ち上がるとレオナに若干の違和感を覚える。
「レオナ……額、どうした? 痣が出来てる」
「えっ、あっ、あはは……えぇ……」
不意を突かれた様にしながら慌てて前髪で額を隠す。少しバツが悪そうな顔をして、選んだ言葉を喉から捻り出す。
「この間の依頼でちょっと……でも大丈夫ですよ! 全然痛く無いですから、平気です!」
「……そうか」
嘘なのかもしれない、本当なのかもしれない。どちらかは分からないが、俺に出来る事は傷を癒してやる程度だ。
「『アクア・ヒール』」
青色の魔法陣から滴る水を手に纏う。レオナの額を優しく撫でてやると一瞬にして痣は治癒された。
「あ……ありがとうございます」
「怪我をしたらすぐに言ってくれ。レオナなら無料で治してやるからさ」
痣のあった箇所を撫でた後に頭を撫で付ける。レオナは少し照れ臭い様で、その顔を赤くする。
「きょっ、今日はこれで帰りますね! 釣り、楽しかったです!」
「え、あっ、ああ、気をつけて帰れよ」
出来る事なら昼飯も食べていけばいいのにと声を掛けようとしたが、レオナにも用事があるのだろうとそのまま見送る事にした。
「さて……午後は何をしようかな……」
午前中で釣った魚を昼食にした後、干し魚にして保存した。畑を見回って、久し振りに運動でもしてみようか。
「……またか」
俺の結界へと入ってきた何かを感知した。二メートル以下の人型の様だ。敵対する意志は無い様だが、生命力が低下している。
「今日は随分と治療に奔走するな……」
家から救急箱を取り、怪我人の地点までの境界線を越える。
人だ、少女が一人で倒れている。何かから逃げてきたのか、意識が朦朧で腹部から血が滴っている。魔物に襲われでもしたのだろうか。
「この近くに迷宮があるのか……? 最近多いよな……」
金色の髪で後ろに三つ編みを作っている。鎧を見るからにアストナークの騎士団であるのは間違いないだろう。
救急箱から包帯を取り出そうとした瞬間、結界の中へと魔物が飛び込んでくる。
頭部に靡く刀身を備えている狼型の魔物、ブレードウルフの群れがこちら目掛けて突き進んでくる。
この子の腹部の傷を見るに、犯人は奴らで間違いないらしい。
「まったく……人手不足らしいな」
合計六体を検知し、肉体と命を分断する。無傷のまま探知内で地面を滑るのを確認し、少女の方へと歩いていく。
「はっ……はッ……! うぅ……」
傷は浅い様だ。ここまで走って逃げてきたから酸欠になっている。腹の傷を消毒し、包帯をきつく巻く。
「うっ……あ、貴方は……?」
「喋らない方がいいぞ、ゆっくりと息をしろ。ほら、楽な姿勢になって」
徐々に顔色が良くなっていき、呼吸も安定し始める。まだ幼く、レオナと同じぐらいだろうかと思案していると少女から手を握られる。
「……私は……助かったのですか?」
さて、これからどうするか。一度家で休ませるのが良いだろうか。思案をしていると、魔物の更に奥の方から数人の人間が結界内部へと侵入してくる。
「『ライト・ベール』」
少女の手を振り解き、光の屈折魔法により姿を消す。一度だけ魔物の元で止まった人間達がこちらの方へと駆け寄ってくる。
どうやら同じ騎士団の仲間らしく、慌てて少女の介抱を始めたのが見える。
ならば後は彼らに任せよう。俺は誰にも感知されない様にひっそりとその場を離れた。
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