第2話

 生まれた瞬間から、俺の自我は形成されていた。


 こことは違う世界で別の人生を歩いた男の憧憬。それを元に、俺の人格は形成された。


 それなりに大きい家で長男として生まれ、両親からも普通に愛されて生を受けた。


 黒い髪に、灰色の瞳。俺の様に前世の記憶を持った子供を探してはみたものの、周囲にはまるで居ない。中々話も合わず、比較的一人で居る事が増えていた。


 倉庫には祖父が集めた魔法書が大量に積まれていた。その小さな図書館でこの世界についての情報を搔き集め、前世の記憶を持つ者の手記を閲覧する事が出来た。


 どうやら俺の境遇は珍しいらしく、記憶を持って生まれてくる存在は転生者と呼ばれているのだとか。他の世界から渡ってきた者は強力な力を持つとも書かれていたが、例外もあるらしく、力を獲得するのは半々の確率の様だ。


 力を持てず炙れた者にとっての唯一のメリットは、小さい頃からある程度の教養を身に着けられるのみだと記されていた。


 その中には両親や周囲の人間に打ち明け、自分の前世を含めて受け入れてくれたとあった。そんな手記を真に受けて、俺も両親へと打ち明けたのだ。


 受け入れてくれた。優しく抱き締めてもくれた。


 少し経った後に、弟が出来た。直ぐ後に妹が出来た。家族がどんどん増えていき、俺に居場所は失くなった。


 倉庫だけが俺の居場所となり、魔法の勉強に打ち込む事だけに夢中になった。


 ――――あの頃の俺は、一体何に期待していたというのやら。




――――


「……んせい! ……先生! 起きて下さーい! もうお昼ですよー!」


「んん……ああ……?」


 目に映るのは散らばった机と一冊の魔法書。久しぶりに徹夜をしていたらそのまま机で寝てしまったらしい。


「あっ、おはようございます先生。ベッドで寝ないと体痛めますよ?」


「……レオナ? ……ああ、おはよう」


 椅子を引き、思い切り伸びをする。パキパキと乾いた音が鳴り、頭を一気に覚醒させる。


「寝てたので、軽くお掃除してました。少し物の配置がズレてるかもしれませんが……」


「ああ……いや、ありがとう。別に大した物は置いてないよ」


 窓から差し込む光が眩しく、どうやら今日も呆れるぐらいの晴天らしい。


「ささっ、お昼ご飯を食べましょう。準備しときますから、ゆっくりしていて下さい」


「いやいや、俺も手伝うって」


 口元を拭いながら立ち上がるとレオナから両頬を包まれる。


「髪、ボサボサですよ? 目ヤニも付いてますし、顔でも洗ってきてください」


「むっ……そうか、じゃあ……悪いな」


 お言葉に甘えて軽く顔を洗って来よう。レオナがこんなに家に居るのは初めての事なんじゃないだろうか。何時もは朝食を食べて荷物を渡して、昼前には帰っていたからな。


「じゃーんっ! レオナちゃん特製のカレーになりまーす!」


 香ばしいスパイスが徹夜明けの胃袋を擽る。具材としては旬の野菜をふんだんに使い、ゴロゴロと転がっている。鶏肉も歪で、少し大きいぐらいだが空腹の俺には食べ応えがあって丁度良さそうだ。


「美味そうだ……いただきます」


 声と手をレオナと合わせてスプーンを手に取る。


「どうでしょう……美味しいでしょうか?」


「うん、美味いよ。料理なんて何時覚えたんだ?」


「えへへ、偶に家で子供達に作ってあげるんですよー」


「子供達……ああ、【ローレンス孤児院】だったか?」


 レオナが所属している孤児院。学院でも有名な魔法使いが院長をしているんだとか。正直な所、それ以上の事情は何も知らない。


「ははっ、子供達が食べるなら具材が少し大きすぎるかもな?」


「うっ……ですよねー。素人に毛が生えた程度なので……精進あるのみですねぇ」


 食べ応えのあるカレーを食べ終え、レオナが最近ハマっている紅茶を頂く。紅く、透き通り、湯気が立つそれを恐る恐る口へと運ぶ。


「甘くて飲みやすいな……砂糖は使って無いんだよな?」


 紅茶に浸りながらレオナの方を見るとクスクスと口元に手を当てて微笑んでいる。


「……どうした?」


「いえ……ふふっ、先生って猫舌なんですね」


「……そうですが」


「先生の可愛らしい一面、ゲットです」


 少し拗ねた様にするとレオナは嬉しそうに笑顔を見せる。歳も離れているというのに、してやられた気分だ。


「普段はぬるま湯で作るんだぞ? 今日はレオナがいるから、敢えて熱湯を生成してだな」


「湯沸かしが自分で出来るって良いですよね。アタシは風属性だけでやっとですよー」


「他の属性に手を伸ばすのはもう少し後だな。変な癖がついちゃうから」


「あはは……ですよねー」


 食後のティータイムを優雅に過ごし、お待ちかねの報酬タイムがやってくる。毎度毎度、待ち遠しそうな良い笑顔を浮かべてくれる。


「今日はこいつだ」


「これは……魔法書?」


「この間新しい魔法書を届けてくれただろ? ほら、俺の魔法を見せた日の」


 少し頭を遡らせて合点がいったと手を叩く。


「俺のアレンジを加えてある。暫くはそれを使おう。それなら家でも勉強出来るしな」


 その為に少々徹夜をしてしまったが、弟子の為もある。人並み程度の徹夜ならば、逆に健康的だと言えよう。


「わっ、わーい! やったやった! 早速帰って勉強してきます!」


「とりあえず進められる場所まで進めてみてくれ。分からないトコは飛ばしていいからさ。強化や付与に重きを置いた本だから、レオナにぴったりだと思う」


 荷物を纏めて立ち上がる。レオナの目には常に希望の炎が灯っており、それを見る度にこちらも元気づけられる。思えばこの子との付き合いも、随分と長くなったのかもしれないな。


 それが心地良いと感じ、出来れば末永くこの関係を続けてみたいと思ってしまう。


 ――――何か気味の悪い物を見る様な目で見られていた。こちらに気を配りながら、緩やかに迫害されていく気色悪さを……俺は未だに拭い切れずにいる。


「――――レオナ」


 扉を開いた彼女に声を掛けるといつもの様に眩しい視線を向けてくれる。可愛らしく首を傾げ、リュックを背負い直す。


「……ありがとな」


「……? どういたしましてっ! 先生も夜更かしはダメですよー!」

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