異世界スローライフ~境界の魔法使い~

本庄缶詰

第1話

 ――――俺が主人公だったなら、平坦な物語にしかならないだろう。


 魔法使い、ザイン。俺の称号なんてその程度だ。来る日も来る日も我が家で自堕落に過ごしている。


 小さな部屋の小さな自室に朝日が入り込み目を覚ます。ベッドから這い出て大きく伸びをしてリビングへ。


 火の魔法と水の魔法を用い一瞬で湯を生成し、棚に並んでいるコーヒー缶を手に取る。マグカップへコーヒー粉とお湯を同時に流し込み、スプーンで数度混ぜる。


「良い天気だな……」


 出来上がったコーヒーを口へ運び窓から外を覗く。雲一つ無い晴天、窓辺に寄るだけで体がポカポカと暖かくなり、気分も僅かに弾んでしまう。


「……苦い。淹れ方間違えたかな……?」


 最近差し入れられたコーヒーを試してみたものの、若干喉に粉が残るというか、匂いは良いが酸味が効きすぎているというか。


「はぁ……散歩でもするか」


 家を出て何となく振り返る。平屋の一軒家、屋根裏部屋と地下室があるだけの木造建築。もう何年ここで暮らしてきただろう。


 周囲には木々が生い茂り、近くには小さな川が流れている。近くに街はあるが小一時間は歩かなければならない。まあ、あまり用事が無いというか、一年に一度か二度寄るぐらいだ。


 春風に頬を撫でられながら小鳥が囀る並木道をゆるりと歩く。


「年寄りみたいだな」


 齢十八にしてこんな生活を続けている自分が少し可笑しくなる。本来ならば目標を掲げ情熱的に生きるべき年齢なのだろうが、俺ときたら自堕落な生活がお似合いらしい。


 魔法で適当に作り上げた農場を小高い丘から眺める。自給自足の生活の為に一から耕し、随分な様を見せつけてくれる。今日も適当に水をやり、新しい種でも蒔こうかと思案する。


「今日の昼飯は……魚だ」


 今から戻り朝食を食べ、早速川へと下ろうじゃないか。


「おはようございます、先生。良い天気ですねぇ」


「おはよう、弟子よ。散歩日和だな」


 彼女の名前はレオナ。茶色い髪を腰まで伸ばし、口元から八重歯が覗く。人懐っこそうな笑顔を浮かべ手を振りながら駆けてくる。


「コーヒーどうでした? 巷では大流行らしいですよー?」


「ああ……匂いは良かった。けど、きちんとした淹れ方が解らなかったから。少し置いとくよ」


「ありゃ、残念ですね。アタシの方でも調べてみますね?」


「ありがと」


 彼女の背には膨れ上がったリュックが見える。今日も俺の依頼をそつなくこなしてくれた様だ。


「朝飯食ったか? なんなら食ってく?」


「えへへ、御馳走になります」


 散歩を切り上げ二人で家まで帰ってくる。


 パンの表面を軽く焼き上げ、野菜とハムとチーズを挟めばホットサンドの出来上がりだ。


「どうぞ、召し上がれ」


「はい! いただきます!」


 我が家では定番の味、サクッという音が耳に心地良い。


 朝食を済ませ、レオナがリュックの中から様々な品を取り出し机に並べる。


「こっちが食料と、アタシおすすめの紅茶を少々。無地のノートとチョーク一箱。後は最新版の魔法書です」


「オーケー。ご苦労様……さて……と」


 並べ終えたレオナは今か今かと報酬の時を待ち侘びている様で、下からキラキラとした視線を飛ばしてくる。


「今日はどうするか……」


 レオナへの報酬とは即ち魔法の授業だ。彼女は街から俺の家まで様々な品物を届けてくれ、対価として魔法の授業をつけてやる。


「今日は基礎の見直しと行こう」


「ええぇー、新しい魔法を教えてくださいよー! 必殺技みたいなの」


「馬鹿者、魔法は一日にして成らずだ。たまにはこうやって振り返る事で、更なる高みへ至れるという訳だ」


 少しばかり不満そうにしてはいるものの、レオナは俺の対面へ行儀よく座る。


「魔法とは、大気中にある魔力を体内へと取り込み、術式へ魔力を通し発動する。火、水、風、土、光、闇の六大属性と呼ばれており、個人個人には適性がある」


「アタシは風……ですよね」


「その通り。風属性が得意なレオナは他の奴よりも風魔法の習得が早いし、威力も高くなる。習得の際の効率が段違いだと覚えておこう」


 宙に六色の光玉を浮かべ、それぞれの色で解りやすく説明する。


「火属性は攻撃力、水属性は回復力、風属性は速力、土属性は防御力、光と闇は汎用力。あくまでも目安だけどな、風でも火以上の攻撃力は出せる。この辺も本人の適正に引っ張られる事になる」


「適正属性を一人で数種類持っている人は、高名な魔法使いになる……ですよね」


「なりやすい、だ。レオナは風属性だけが得意だけれど、一つを極めたって有名になれるし、強くもなれる。魔法を極めた者は…………んん?」


 外に張った結界から脳内へと警報が鳴り響く。六十メートルの巨体が五キロ先の森へと侵入した様だ。反応からして魔物と見て間違い無い。


「何処かの迷宮から抜け出したのか……? まあ、ちょうど良いか」


 ラックに掛けてある手製の黒ローブを羽織り、レオナを片手で担ぎ上げる。


「きゃっ!?」


「行くぞ、久しぶりに見せてやる。魔法の極致というものを」


 家の扉を開ける事も無く、その場から目的の森へと


 森の上空に風の足場を作り上げ、目標の魔物を見下ろす。木々を薙ぎ倒しながら森の中を疾走しているのは猛牛の特性を備えた魔物だ。巨大な角と剥き出しの牙、毛皮に覆われているものの下にある筋肉がここからでも見て取れる。


「ガラルモス……だったかな。背中の傷を見るに、冒険者か騎士団にでも追われてるのか……迷宮から抜け出したと見て間違いないね」


「は、初めて見ました……おっきいですね……」


 とはいえ近隣住民の被害もあるだろうし、何より愛弟子を連れての課外授業なのだ。早々に片付けてしまおう。


「魔力の真髄を理解し、魔法を極める。六大属性のどれでも良いし、全てでも構わない。その先に得られるのは自分だけの究極の属性」


 魔法使いの誰もがそれを目指し、神と悪魔すら超えられる人類のみに赦された究極の法。


 ――――その名は特聖アンセム、我が身に宿るは『境界』属性。


「肉体と――――命の――――境界線」


 鋼色の魔力が迸る。奴の、ガラルモスの、肉体と命の境界線を分断する。たったのそれだけで、熱戦など無く、派手でも無く、感慨すら無く命が消える。


 ――――俺が主人公だったなら、平坦な物語にしかならないだろう。ライバルもいない、宿敵も瞬殺。イベントへの関心も無く、大願なども思い浮かばない。


 魔法への関心を爆発させた後に、ひっそりと死んでいくのだろう。


「今回の授業はここまで。復習を忘れるなよ?」

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