指導者の資質
「一緒に行ってくれるんだな、フィーネ」
「うん! ジュチくん達だけじゃ危なっかしいし……それに、アウラだって私が助けるんだから!」
改めての問いかけに力強く頷くフィーネ。
尤も胸の前で小さな両の拳を握りしめながらふんすと鼻息荒く力を籠める姿は頼もしいというよりも可愛らしい。
ジュチとしては見た目の問題もあって心情的にはフィーネよりも飛竜のスレンの方を頼りにしていた。
本人の自己申告に依れば、フィーネはスレンをも御しうる巫術の達人らしいのだが、やはり見た目から受ける印象は大きいのだ。
「むー…」
《血盟獣》の絆から何となくそのことを察したフィーネはプクーっと頬を膨らませると、ジュチをポカポカと叩く。
下手に本気を出すとジュチが塵に還ってしまうので、それが彼女の妥協点だったのだ。もちろん効果はなく、むしろ可愛らしいという印象を補強する助けとしかなっていない。
「なんだよ?」
「ふーんだっ!」
お姫様がご機嫌斜めなことを悟ったジュチは苦笑した。
一見すると似た者同士の幼い男女による微笑ましい光景である。実際のところ両者の認識や心情において相当な隔たりがあるのだが…。
「話はまとまったようだな」
と、そんな彼らにアゼルが声をかける。
いつも通りの無表情。その内心は読み取れない。果たしてジュチが挑もうとしている無謀をどう思っているのかも分からなかった。
もしかするとアゼルはジュチの愚行に反対しているかもしれないという可能性が脳裏を過ぎる。
「あー…っと、その、アゼル?」
どう話を切り出したものかと迷う、何とも中途半端な呼びかけに。
「責める気なぞ無い。が、せめて年長に相談の一つもすべきと思うのは俺の思い上がりか?」
アゼルは変わらず無表情のまま、だが心なしか少年へ向ける視線をジトリとしたものに変える。
妙な表現だが、なんとも味のある無表情であった。尤も向けられた当人であるジュチにそんなことを思い浮かべる余裕はない。
「うん、っとさ…。えーと、あれだ、あの時の俺ってちょっと頭おかしくなっててさ―――」
「……冗談だ。そう慌てるな」
何とか弁解しようとする少年を見遣り、フ…と微かに息を吐きながらその弁解を遮った。
冗談と口にする割には変わらず無表情である。
とはいえ心なしか青年が纏う雰囲気は緩んでいた。責める気がないというのは本心なのだろう。
「正直に言えば、俺は諦めるべきだと思った。相手は飛竜に匹敵する強大な《魔獣》。それもアテにしていた姫君と飛竜の助力は得られんのだからな」
加えて言えば王国の姫君を唆し、入山が禁じられている霊山へ立ち入るおまけつきだ。闇エルフ達からすればいっそ大王鷲に食われてしまえと思われてもおかしくない所業であった。
とはいえそれらの危険要素を勘案に入れてもアゼルが意見を変えることはない。部族の危機を救うことに比べれば遠い地の闇エルフの恨みを買う程度は呑み込むべき危険だった。
「いや、俺が言うのも何だけどさ。それが普通っていうか……逆だな、多分俺が凄い馬鹿なんだ」
「全く持ってその通りだ。お前は底抜けの愚か者だろう」
と、ジュチの自虐を力強く肯定するアゼル。妙に自信ありげな雰囲気で断言され、密かに傷つくジュチである。
いや、言われずとも自覚はしていたが何も力いっぱい言い切らなくても…と。
「だが、
それは俺には出来ないことだ、とアゼルは言う。
「お前は俺が出来ないことをしたのだ、ジュチ。これだけでお前が旅に付いてきた意味があった。お前の兄貴分として、俺はお前を誇りに思う」
と、ぶっきらぼうにジュチの頭を撫でる。
ガシガシと遠慮のない力強さで撫で回す手には、事態打開の糸口を切り開いた弟分への賞賛が籠っていた。
「だからこそ言っておく。これが無理無茶無謀な試みであることはもういい。俺も承知の上だ。ともに命を懸けることに異論などあるはずもない。
だが例の群生地へ向かい、成功の光明すら見えなければ引き返す。命を懸けることと命を捨てることは一見似ているようで別の話だ。良いな?」
そして撤退の判断はあくまで己が行うと言う。ジュチの無謀を肯定しながら、同時に一線を引くことも忘れない。
この辺りアゼルは家族を救うことに囚われ、視野が狭くなっていた幼い二人と違って冷静だった。
賭けるべき時は大胆に、そうでない時は慎重に。だが損切りの分岐点は常に考えるべし。
指導者、頭目としての心得をよく弁えていた。
幼い二人はもちろん、そこらの凡百な族長よりも
「フィーネ殿もそれでよろしいか? うちのジュチの愚行に付き合わせておいて口にするのは憚られるが、頭目としてただ命を捨て去る真似を許すことは出来んのだ」
「ええ、どうぞご自由に。それに…心配は無用かと思いますよ?」
「と、言うと?」
フィーネにも水を向けるとにこやかに頷かれる。
ジュチに見せていた無邪気な少女らしさは薄れ、何とも大胆不敵に胸を張った。
「私がいるので」
スレンが、ではなく己がと言い切った少女に白い眼を向けるジュチ。
その身に秘める戦闘力を本人の申告ではなく外見から伺える範囲のものであろうと見積もっているからだった。この辺り、やはり直接的にその力を実感していないことと、精神的な距離感が近いことから実感が薄いのだ。
(だろうな…)
だがアゼルはそんな短慮な愚か者と違い、先ほどの舌戦でフィーネの怒りが嵐の先触れを呼び込むのを見ていた。ただの余波で天変地異を引き起こすけた外れの力。
間違ってもただ者ではない。人間はもちろん、闇エルフの基準においてさえ。そう確信できるほどの力。彼女のような存在が何人もいるのなら、《天樹の国》がこの地の覇者となっていない理由が説明できない。
「それは心強い。求めるものも、それを阻むものも互いに同じ。我らを苛む危機、ともに力を合わせて乗り越えよう。我らの未来に幸あらんことを」
「はい、みんなで一緒に頑張りましょう!」
そうと確信しているからこそ、アゼルもまたにこやかに笑いを返し(ジュチは驚愕の視線を向けた)、一種の合意を形成するのだった。
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