時間制限


 一行はともに《精霊の山》へ向かい、霊草を手に入れようと話はまとまった。

 が、そこで実行にあたっての問題が急浮上する。


「急ごう。遠乗りに行くと伝えているけど、あまり遅くなると私を連れ戻すために人が来ちゃう。そうなったら凄く厄介だから」


 と、己の身分故の時間制限の存在を伝えるフィーネ。

 色々と準備不足な状況であり問題も当然噴出してきたが、こんな事態になるなどこの場の誰も予想できなかったのだから、やむを得なかった。


「そうは言っても…。例の群生地まで近いのか? 何日もかかるならフィーネは一端出直すのもアリだと思うけど」


 確かに目的の地である《精霊の山》の威容はもう目前。ただし《精霊の山》は竜骨山脈でも屈指の大霊峰。あまりに巨大過ぎ、偉大過ぎて距離感が狂うのだ。地理にも詳しくないからここからどれ程の距離なのか本当に分からなかった。


「大丈夫。ジュチくん達が思うよりもずっと近いよ。群生地は《精霊の山》の麓に近い断崖絶壁。ここからなら馬で急いで…一日と半分くらいかな」


 なおいまの時刻は丁度昼を回った辺りである。まともに考えるとどんなに早くても目的地に着くのは明日以降だろう。


「時間切れまでに絶対間に合わないじゃねーか。まさかスレンに乗せてってもらう訳にもいかないし…どうする?」


 万が一スレンがその背を許してくれたとしても流石に3人と山羊1頭は過積載だろう。

 かといってあまり時間をかけていると闇エルフの捜索隊が組織されるだろう。次期女王候補筆頭の捜索となれば少なからず人手が割かれるだろうし、同行する不審者の扱いも厳しいものとなるに違いない。


「一日くらい帰らなくてもそんなに心配はされないと思うけど…。それ以上になると、マズイかな」


 普段からそこそこ奔放に過ごしているフィーネなので、遠乗りの時は帰りが遅くなるのもザラにあった。更に今回の遠乗りは謹慎が明けてから久しぶりのものということで、多少遅くなってもすぐには騒がれまい。

 だがそれでも何日も時間をかけていては、すぐに大規模な捜索隊が出されるだろう。


「うーん、本当はお馬さん達に負担がかかるからあんまりしたくないんだけど…しょうがないね」


 と、そうした事情を鑑みて難しい顔をするフィーネ。

 しばし悩んでいた様子だが止むを得ないと結論を出し、二人が乗騎とする二頭の駿馬を指して話を持ち掛けた。


「ジュチくん、アゼルさん。この子たちに巫術をかけてちょっと無理をしてもらおうと思います。ただ頑丈な子じゃないと途中で息絶えてしまうかも…。それでも大丈夫ですか?」


 現状の打破に向けた具体的な案だが、無視できない危険もある。だからこそ真剣な声音の問いかけにアゼルは騎馬の民の誇りを以て返答した。


「騎馬の民の友を侮らないで頂こう。この二騎は部族でも屈指の駿馬。旅路の中でも我らより逞しく歩き抜いた自慢の相棒だ。そして我らは馬上に生き、馬上に死す騎馬の民。どれ程の暴れ馬でも乗りこなして見せよう」


 馬とは騎馬民族にとって最も身近な畜獣であり、足であり、魂であり、友であった。その繋がりは闇エルフが考えるよりもはるかに深い。馬上に生き、馬上に死す。それは一欠けらの誇張も無い事実なのだ。

 我らが友ならば、と確信すらもってアゼルは堂々と答えた。


「存分に術をかければよろしい。彼らは期待以上の働きを我らに示してくれるだろう」


 その威風堂々とした答えに、フィーネは己がスレンに抱くのと同じ誇りモノを感じて思わず頬が笑みの形に崩れる。


「それなら、遠慮なくやっちゃいますね。……アゼルさんとあの子達はとっても仲が良いのが私にも分かりました。私、そういう人は好きです」

 

 ニコリ、と無邪気に笑う闇妖精の姫に無骨な若者も僅かに動揺する。

 幼く、未だに完成しきっていない未成熟な美貌でありながら、既に絶世のと形容詞を付けても異論はほとんど出ないだろう。

 瑞々しい小麦色の肌に金糸の如き絹髪、虹色の虹彩を備えた神秘的な妖精族の美貌。

 普段の振る舞いは粗忽で快活、子どもらしいところが目立つが、外見だけなら傾国の美少女と呼んでも全く不足しない美しい姫君なのだ。外見は。


「あ、も、もちろん人として素敵だなって意味ですから! ジュチくんも誤解しないでね!」

「お、おう…」


 と、ここで自分の言動を自覚したのか慌てて弁明するフィーネ。

 一方ジュチもジュチで、フィーネがアゼルに向けた笑みと好意に思わず胸の内にとしたものが漂うのであった。

 それはさておき。


「それじゃあ、使ね」 


 改めて巫術を用いる前に軽く断りを入れる。

 問いかけられた青年と少年が各々頷きを返すのを見たフィーネは、両手を組んで精霊たちに祈りを捧げる。

 とはいえフィーネにとってはほんの少しだけ心を精霊界に近づけ、何時でも自分の傍にいるに語り掛けるだけのことであった。


「《水精の娘ウンディーネ水精の娘ウンディーネ。貴方の友がこいねがいます。彼ら四つ足の朋友に、熱き血潮を滾らせて!》


 まず生命への干渉を最も得意とする水精に祈り、一時的に駿馬達の生命力を賦活させる。激烈な勢いで心臓に血が送り込まれ、力強い四肢に活力が漲っていく。

 いつもは力強くも穏やかな彼らが程よい興奮状態へと変わり、しきりに嘶いたり、蹄を大地に打ち付けている。

 そして更に。


「《風の精シルフや、風の精シルフ。誰より自由で身軽な貴方。我らの背中に貴方の息吹をくださいな!》」


 風精に祈りを捧げる。

 彼らの背には常に追い風が吹き、その疾走を助けるだろう。


「《土精ノームさん、土精ノームさん。貴方のお傍にお邪魔します。騒ぐ彼らをどうか優しく受け止めて》」


 土精に祈りを捧げる。

 長い時間、全力疾走を続ければ駿馬と言えどその四肢は痛む。だが大地に潜む土精はその疾走を柔らかく受け入れ、四肢の負担を押さえてくれるはずだ。


「これで良し、と…」


 一通り駿馬達の疾走を助ける巫術を使い終わり、その効果を検分するフィーネ。

 じっくりと一頭一頭の様子を眺め、思った通りの結果となったことに満足し、頷く。


「凄いな…。いつもと全然迫力が違う。何かが乗り移ったみたいだ」


 荒々しくも力強い駿馬達の嘶きが全員の鼓膜を震わせる。

 いつも頼れる相棒達であったが、いまは更に迫力が十割増しだった。尋常な様子ではなく、一日に千里を駆ける駿馬であると言われても納得できそうな威容である。


「水精にお願いしていつもよりもーっと速く走れるように力をあげたの。その代わり走りきった後はいつもよりもずーっと疲れちゃうけどね?」


 えっへんと胸を張って自慢するフィーネ。

 実際自慢するだけのことはある極めて強力なご利益であったので素直にパチパチと拍手するジュチであった。


「あ、でもエウェルはどうしよう? あいつは群生地に着いてからが本番だからあんまり無理はさせたくないんだ」

「え? エウェルくんの力が必要なの?」

「ああ。群生地の断崖絶壁を登るためにあいつの力が必要なんだ」

「うーん…」


 腕を組んで頭を捻るフィーネ。


「スレンが運ぶのは……無理だよなぁ」

「うん、ダメだね。飛竜が背を許すのは自分が認めた相手だけだから」


 一縷の望みをかけて提案するもあっさり一蹴される。

 元より期待はしていなかったが、そうなるとジュチの頭では手詰まりであった。


「……………………」


 そうしてしばしの沈黙を挟んだ後。


「大丈夫! 私に良い考えがあるの!」

「なんでだろうな。急に不安になってきたぞ?」


 胸を張って自信満々に請け負うフィーネ。

 難題に対し力強く請け負う姿を見て、多分名案とか神算鬼謀の類ではなく力押しとか無理を通して道理を引っ込ませる類のなのだろうなと訳もなく思うジュチであった。

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