付自由なリバティ

伊織千景

付自由なリバティ

背負った借金は五千万。立派な家が立つ額だった。

二十歳にして晴れて借金まみれになった福澤勇希は、その事実に頭を抱える。どうにかして返済しなければならない。しかし運が悪いことに、勇希は現在絶賛求職中。返済できる目処が無かった。

夕日が差し込むボロアパートの一室で、勇希はちゃぶ台の上に求人雑誌を広げ、赤ペンを片手に読み始める。一つのアルバイトでは足りない。幾つか掛け持ちする必要があるだろう。

飲食業、引っ越し、警備、清掃、軽作業、配達助手。時給の良さそうなものから優先してリストアップし、勇希は携帯電話を手に取る。最初のバイト候補の電話番号を打ち込んで、通話ボタンを押そうとした瞬間、ドアのチャイムが鳴った。

「こんにちは、郵便です」

 ドアの向こうの声に軽く返事をして、印鑑を手に勇希は扉を開ける。そしてすぐに、勇希は自分の軽率さを呪った。扉の前に立っていたのは、身長約百九十メートル近くの大男。眉間に深く刻まれたシワとその鋭い目つきから、普通の道の人間ではないことが容易に想像できた。

「騙して申し訳ないですが、借金の返済について話に伺いました」


 部屋に入ってきた借金取りは、差し出された座布団に胡座をかいて座り、勇希の部屋を軽く値踏みするかのように一瞥する。ちゃぶ台の上には先ほどの情報誌が散らばったままで、勇希は慌ててそれを片付けようとするが、借金取りはそれを制止。借金取りは「フリーワーク」という名前の情報誌を手に取り、唐突にこんなことを話し始めた。

「人は皆、自由を売り買いしながら生きているとは思いませんか?」

 借金取りは、雑誌のフリーと言う部分を指差して勇希に尋ねた。

「自由を売り買い、ですか」

「そう、世の中には様々な仕事が存在しますが、共通して言えるのは、自分の自由な時間を他者に提供して、その見返りとして金銭を得ているということです。つまり仕事とは、自由を売るという事。そしてそれによって得た金銭で、私達は様々なサービスを他人から得ることが出来る。つまりこれは、自由を他人から買っているという事。だから私達は皆、自由が保証された現代社会で、自由を売り買いながら生きている。そう考えると面白い話ですよね」

 何をいいたいのかさっぱりわからないが、勇希は何も云わないでその話に相槌を打つ。なぜなら相手は借金取り。下手なことでも言って状況を悪化させたくない。

「失礼。普段から言葉遊びといいますか、こういう事を考えるのが好きでして。実際に自由が売り買いできれば、あなたに適当な自由を売って貰って借金返済して貰うんですがね。実際はそう上手くはいかない。現実的な返済方法が必要です。そこで福沢勇希さん。今日はあなたに幾つかの借金返済プランを紹介しに来ました」

 本題が来てしまった、勇希は無意識につばを飲み込む。

「地道な返済プランではいけないんでしょうか」

 勇希は手に持った情報誌を握りしめながら言う。危ない橋と分かっていて、必要のないのに渡る理由なんて無い。出来れば安全な橋を渡りたいのが本音だった。しかし借金取りは首を横に振る。安全な橋など無いとでも言うかのように首を振る。

「その返済プランでも不可能ではありませんが、なにせ金額が金額ですから。福澤さんが今寝る間を惜しんでアルバイトをしたとして、稼ぎはどれ位ですか? 生活費を差し引いてそこから捻出できる返済額は? 頑張っても月十万程度でしょう。だとすると単純計算でも一年で百二十万の返済。五千万を返済ですと利息なしでも大体四十一年かかります。それに今は大丈夫でも、このペースのまま四十年、五十年と働くのは中々厳しいはずです。不可能な返済プランなど、返済プランとはいいません。それを人は無駄骨というのです。返済プランは二つご用意いたしました。紹介してもよろしいでしょうか?」

 勇希が頷くと、借金取りはカバンの中から1つ目のプランについて書かれた書類を取り出す。その資料はこのように書かれていた。


『様々な医療テストと健康診断を受け、簡単な摘出手術を受けてもらいます。体重も減るのでダイエットにもなります! 医学の発展にも貢献できる素晴らしい仕事です!』


「臓器売買とヤバイ治験じゃないですか!」

「バレちゃいましたか」

「そりゃバレますよ! 思いっきり摘出手術って書かれてるし!」

「福澤さんは健康的な体をお持ちですので、いい案だと思ったのですが」

「出来ればこれ以外の返済方法でお願いします」

 借金取りは残念そうに臓器売買プランの資料をカバンに戻し、次の資料を取り出した。その資料にはこのようなことが書かれていた。


『気分は冒険家!ジャングルの奥地にある巨大ダムで陽気なお仕事!アットホームな環境で、外国語もマスターできます! 未経験可。二十年契約』


「先ほどとは違って職業斡旋ですが、これはオススメですよ」

「これもヤバそうな匂いがプンプンするんですが」

「失礼な、そんなことありませんよ。なにせこれを紹介した方々は皆この仕事に満足しています。今のところ誰一人帰ってきていませんからね」

「それ明らかに別の理由ですよね!」

 借金取りは一つ深い溜息をつき、諭すような口調で勇希に語りかける。

「福澤さん。どんな理由かは存じ上げませんが、あなたは多額の借金をこしらえた。それを返済する義務があなたにはある。例えそれがあなたの大切なもの、例えばあなたが健康に生きる自由だったり、平和な日本で仕事をする自由だったり、苦労のない老後を送る自由だったりを犠牲にしてでもです。なぜならあなたが借金して得た大金だって、元は他人が犠牲にした自由だからです」

 沈黙が二人の間に流れた。究極の二択。健康な体を切り売りして返済するか、生きて帰れるかも分からない奥地のダムで二十年働くか。

長い沈黙を破ったのは、ドアが豪快に開く音だった。

「選択肢はもう一つありマスよ!」

 ドアの方から聞こえてきたその声の主を見て、勇気と借金取りの表情は驚きと困惑の色に染まった。その姿は見たところ場違いにも十代半ばの女の子。コスプレか何かだろうか、漫画の中から飛び出したかのような奇抜な洋服を身にまとい、後ろでまとめられた髪の毛は雪のように白く、何本ものかんざしが挿さっている。片手には大きなアタッシュケースを持っていて、腰には小さなランタンがぶら下がっている。大きな瞳は少しだけ赤みが指していて、まるで月から来た異星人のようだった。

「福澤さんのお知り合いですか?」

 借金取りが怪訝そうに声の主を見ながらそう言うが、勿論勇希にこんな知り合いはいなかった。

「どうもコンバンハ。リバティ・ベルと申しマス。お気軽にリバティって呼んでくだサイね♪」

こちらの混乱などお構いなしといった様子で、リバティと名乗るその少女は不敵な笑みを浮かべ、人差し指をぴんと立てながらハキハキと話し始めた。

「先ほどまでのお話、とっても興味深く聞かせていただきまシタ。特にそこの岩みたいに大きなヒト!」

 借金取りが自分を指さすと、リバティは頷く。

「あなたの自由の売り買いについての例え話、とても面白かったデス。私の仕事に通じるものがあったノデ、ちょっとドキッとしまシタ。そしてそこの普通なオニーサン!」

 勇希は自分の事を指すと、リバティは嬉しそうに頷いた。

「そうですあなたデス。聞いていた所、あなたはただいま絶体絶命八方塞がり、打つ手なしで為す術なしって感じデスね。選びようのない二択の前で動けなくなっている。そこでデスね、私はあなたに第三の選択を提供しようと思いマス」

「借金踏み倒しのお手伝いとかでしたら、お帰り願えますかな」

 借金取りの険しい顔がさらに険しくなったが、それに臆すること無く、笑顔を絶やさずリバティは話を続ける。

「そんな事はしまセンよ。大きい方も普通の方も、ついでに私も得をスル。そんな素敵なお話デス。あっと申し遅れまシタ。私こういう者デス♪」

 差し出されたのは彼女の名刺。名刺には彼女の名前と、更に状況を混乱させる一文が記載されていた。

『職業:自由の女神』

「こう見えて私、自由の女神やってマス!」

 借金取りと勇希は、無言のまま頷き合い、無表情でドアの鍵を閉めた。

 

 借金取りは深く一つため息をついて、仕切り直すためちゃぶ台の上に資料を広げ始めた。リバティはまだ外いるらしく、ドアを叩く音が部屋まで響いている。ああいった類は関わっただけこちらの負けなのだ。そこに存在しないものとして扱った方がいい。

「話だけ聞いてくだサイよー! お願いデスから!」

 人の家のドアを太鼓のように叩きながら、リバティのそんな声が響く。

「ちゃんとしたお仕事のお話なんデスって!」

 自由の女神のお仕事なんて観光物として人に見られることくらいしか無いだろうにと勇希は突っ込む。勿論心の中で。

「もういいです、解りまシタ」

 その言葉に勇希は胸をなでおろした。これでやっと変人から開放される。だがそうは行かなかった。

「強硬手段に出マス」

 やけになって物騒なことをするのではないか。そう思って勇希が構えていると、ドアの外が明るくなり、施錠されていたドアがまるで水面のように波打ち、その中央からリバティの上半身がするりと現れた。目の前の光景に信じられない。そんな表情で固まる借金取りと勇希を交互に見て、リバティは満足そうに笑った。

「ひとまず、中にはいってもいいデスか?」


 玄関をすり抜けてきたリバティは、そんな奇想天外な入室方法を取りながら、礼儀正しく靴を脱いで部屋の中に入ってきた。

勇希はリバティが“すり抜けてきた”ドアを凝視する。何の変哲のない普通のドア、鍵は勿論かかったまま。一体今自分が見た光景は何だったのだろうかと勇希は自問自答する。が、答えなんて出るわけがない。木製のドアが液体に歪んで、そこから女の子がすり抜けてくるなんて現象、勇希は今まで見たことも聞いたことも無かった。 

「私が『自由の女神』だって事はお話しまシタよね。確かに突然これだけだとわからないことが多いかもしれまセン。単刀直入に言いましょう。私は『自由』を取引していマス。そして今日はその取引のためにこちらに来まシタ。先ほど大きい方がした比喩の話ではありませんヨ。その証拠にホラ」

 リバティは手に持っていた重そうなアタッシュケースに手をかけ、その中身を開いてみせる。そこには一万円札の札束がぎっしり敷き詰められていた。

「ココにあるのは一千万。交渉が成立しまシタら、このアタッシュケース五個分の報酬を差し上げマス」

 勇希はアタッシュケースに入った札束を手に取り、中身を確認する。表だけ本物で中身は新聞紙だとかいうこともなく、透かしも入っていて偽札でもなさそうだった。

「あんた一体何者なんだ」

そんな勇希の問いに、リバティは指を振って答える。

「自由を売り買いする自由の女神デス」

 不敵に笑うリバティは、そう言って軽くウィンクした。

「マジシャンに転職することをおすすめしますよ」

 少し声に皮肉と苛立ちを含めながら、借金取りがそう吐き捨てる。思わぬイレギュラーの登場は、彼にとって好ましくなかったのだろう。

「ま、解説がなければわけがわかりまセンよね。ではそこら辺についてもう少し詳しくお話しマス」

 リバティは髪に挿したかんざしを一本抜き取った。リバティの手に握られたそのかんざしは先端に装飾がされていて、まるで街灯のミニチュアの様な見た目をしている。

「これは『トーチ』と言って、私達が自由の取引をする際に使用する道具デス。今から試しに大きなカタから『関節の自由』を六十秒だけ買い取りたいのデスが、宜しいデスか」

「好きにして下さい」

「では、遠慮なく」

 リバティが手に持ったトーチを魔法のステッキのようにくるりと回し、まるでマッチに火を灯すように借金取りの体をひとなでした。するとトーチの先端に一つの小さな炎が灯り、リバティはその炎を腰につけた小型のランタンに移す。その動作から一呼吸置いて、借金取りの悲鳴が部屋中に轟いた。

「か、からだ、が、うご、うごかな」

「だから言ったじゃないデスか。『関節の自由』を買い取るって。このように私達「自由の女神」は、相手が目の前にいて許可を頂いた場合にのみ、相手の自由を買い取ることが出来マス。自由はトーチによって炎の形で人体から抜き取ることができ、私達はこれに値段をつけて売り買いしマス。ちなみに自由は様々な場面で使うことが出来て、さっき扉をすり抜けられたのは『入室の自由』というモノを使ったからです。また自由には様々なバリエーションがあって、それぞれにそれ相応の値段設定がされていますし、制限時間によっても価格は変動します。例えば先ほどの取引はそこそこ価値のある自由でしたが、時間が六十秒と短かったので、値段はせいぜい5万円ってところデスかね」

 石像のように固まりつつ悲鳴をあげる借金取りを見て、勇希は目の前で起きている出来事に背筋が凍る様な思いだった。

「まだ納得がいかないようでしたら、他の分かりやすい自由も取引してみせマスよ。『視覚の自由』とか、『会話の自由』とかを数秒程。まあここまで露骨なものですと金額も跳ね上がりますんで、私の方も困ってしまうんですケドね。懐が寒くなってしまいマス」

六十秒経ったのか、石像のように動かなかった借金取りが、音を立てて膝から崩れ落ちた。その異常に狼狽した表情から察するに、リバティと借金取りがグルで勇希を騙そうとしている可能性は低そうだった。

「お金は銀行の口座に入金しておきマスねー。それでは私のお仕事にご理解頂けたと思うので、これから本題に移りたいと思います。勇希さん、私はあなたからある自由を買い取りに来まシタ」

 無意識に勇希はつばを飲み込む。

「一体何を買い取るっていうんだよ。まさか『心臓を動かす自由』とか、『息をする自由』なんて物騒なもんじゃないよな」

「ああ、それなら安心して下さい。私達自由の女神は、そのような直接生命維持に関わる自由の取引を禁止されていマス。というかそもそも基本的に自由は相手の許可が無いと買いとることも出来ないノデ、そこの所は心配ありまセン。私が取引をしたいのは、勇希さんが持っている『外出の自由』デス。ちなみに買い取る時間は十年分」

「それを売ると、一体俺はどうなるんだ?」

「あなたは十年間、家から出ることができなくなりマス」

 なんでもないといった様子で、リバティはトーチをペン回しの要領でくるくると回しながら、不気味な笑顔を絶やさず話を続ける。

「心配しなくても大丈夫です、今の時代ネットで買い物もできますし、お仕事も探せば在宅ワークなんてものも有ります。生きていけます。十年家から出られないなんて、頼まれてもいないのに出来る人だっているんデスから、勇希さんみたいな健康的な人なら余裕デス。ちなみに今この場で決断して頂けたら、報酬の方も少し勉強させていただきマスよ。生活費くらいにはなるでしょう」

 リバティの手が舐めるような手つきで、先ほどの札束がぎっしり入ったアタッシュケースを撫でる。勇希は考える。今自分に突き立てられた選択肢は三つになった。

 臓器を売るか。

 アマゾンの奥地で文字通り死ぬほど働くか。

自由を売って、強制的に十年家に引きこもるか。

 どれも似たり寄ったりで、どれももれなく不幸になりそうな三択だった。選択肢がたとえ増えたとしても、決して未来は変わらない。そんな三択の中、選ぶとしたらどの道か。勇希は何度か大きく深呼吸してから、額の汗を拭い、こう一言呟いた。

「『自由』を売る」

 

 先程と同じ手順で、リバティはトーチを勇希に向けた。

「それでは、『外出の自由』を買い取らせてもらいマス。宜しいデスか」

 その問いかけに、勇希は静かに頷く。

「早く済ませてくれ」

 リバティはその返事に微笑みで答え、トーチを勇希の体の前で鋭く振り上げた。トーチに灯った炎は先程のものと比べてはるかに大きく、それが十年分の重みであることを否応なく意識させる。リバティはその炎をランタンの中に移し替えると、満足そうにトーチを手元で何回か回したのち、束ねた髪の毛にぷすりと挿した。

「以上で取引の方はおしまいデス!」

「もう終わったのかよ」

「ええ、もう終わりまシタよ」

 リバティはそう言ってドアの方を指さした。恐る恐る勇希はドアの鍵を外し、ドアノブに手を掛ける。意外にも扉は開いた。しかし外に出ようとすると、見えない壁のようなものにぶち当たり、外に出ることが出来ない。同様に部屋中の窓を開いてそこから出ようとしてみた。結果は同じだった。言葉で理解するよりも鮮烈な感覚、肉体を通しての理解。勇希は噛みしめるように受け止める。この先十年間。自分は外に出られなくなったのだと。


 借金返済の手続きは滞り無く済んだ。五千万という大金が、こんな一瞬で支払われ、一瞬で自分のものになり、そしてまた一瞬のうちに手元から離れてしまった。そんな現実に、何故か勇希はちょっと笑ってしまいたくなった。自分の抱えていた問題というのはこんなに簡単に解決してしまうものだったのかと。 自分の抱えていた深刻な問題が、全く深刻な問題ではない世界があるのかと。 

自分に対して軽い失望を感じると同時に、新たに見えた、見知らぬ世界の片鱗に軽く身震いした。

「そ、それでは返済も済んだことですし、これで失礼します」

 今すぐこの場から離れたいと言った様子で、借金取りはバッグを抱えてそう言うと、それをリバティが制止する。

「申し訳ありまセンが、私にはまだ用事が残っているんデスよ」

 先程使ったものとは別のトーチを抜き取り、リバティは微笑む。

「自由取引の情報は一般公開が禁止されていマス。そこで私はあなた方の口を封じなければいけまセン。まあ誰かに話したところで、頭がお花畑になったと思われるのがオチでしょうが、決まりデスから」

「口封じってまさか……」

「ああ、心配しなくていいデスよ。物騒な意味じゃないデス」

 リバティは手に持ったトーチを借金取りに向け、オーケストラの指揮者のように軽くスナップをきかせて振ると、借金取りは糸が切れた人形のようにその場に倒れこんだ。しかしすぐに何事もなかったかのように立ち上がり、何かに操られているかのようにギクシャクとしながら部屋を出て行った。

「少し『記憶』の自由を拝借して、ここ一連の記憶を操作しまシタ。機密保持のための自由取引だけは特別で、相手の許可なしに出来るんデスよ。これであの大きい人は自由取引について一切合切思い出す事はありまセン。彼が過ごした日常に戻るんデス。いつもの様に借金返済を要求する日常にネ」

 そう言って、リバティはトーチを勇希に向けた。

「さあ、今度はあなたの番デス」

 トーチが揺れ動こうとするその瞬間、勇希は思わずリバティの手首を掴んでいた。勇希は自分の行動を理解できず、何も言えずに硬直。そんな勇希に、リバティは僅かな動揺からか、怪訝な表情を浮かべた。

「どういうつもりか教えてもらえますか?」

 勇希は必死に頭を働かせて、今自分が感じている何かを言葉に変換しようとした。何かが掴めそうだった。先ほどの取引を見ていて、どん底に這いつくばっている自分が這い上がれる何かが掴めそうだった。強く握りすぎていたのか、リバティは苦痛の表情を浮かべる。それに気づき、勇希は慌てて手を離した。

「聞きたいことがあるんだ」

 勇希はその場で生まれる言葉に頼ることにした。考えても答えが出ないのなら、まずは歩き出せばいい。

「聞いてもどうせ忘れちゃいますよ?」

 怪訝な表情を浮かべながら、リバティはそう言い返す。しかし強制的に記憶を奪われていない事から、こちらの話を聞いてくれる姿勢はあるみたいだった。

「自由を売ることが出来るなら、自由を買うことも出来るのか?」

「そりゃ出来ますよ。そうじゃなきゃ自由の女神は破産しちゃいます」

「なら俺に自由を売ってくれ」

 僅かな沈黙の後、リバティは何やら納得がいったという様子で鼻を鳴らして笑った。

「先程私が買い取ったあなたの『外出』の自由を買い戻したい。そんなお話でしたら厳しいと思いマスよー。最低でも買値の倍額は頂かないと売るつもりはありまセンし。また借金でもしてお金を工面するつもりデスか? 止めておいたほうがいいと思いマス」

 勇希は首を横に振る。そんな事を考えていたわけではなかった。

「じゃあどんな自由が欲しいんデスか?」

 この決断がいい方に転ぶか悪い方に転ぶかは分からない。しかし転がさなければサイコロの目は出ない。決意を固め、勇希はリバティの目を見据えてこう言った。

「『この出来事を覚えておく』自由と、『あんたと仕事をする』自由が欲しい」

 一瞬リバティは軽く目を見開いて硬直。何を言われているのかわからないといった表情を浮かべた。

「一応、その二つを選んだ理由を聞いていいデスか?」

「大金をいとも簡単に取引できるあんたに興味を持った。あんたの仕事に興味があるけれど、このままだとあんたと出会ったことも忘れちまう。だから忘れないよう『覚えておく』自由を買う。それで、出来ればあんたの業界についてもっと知りたい。だから『あんたと仕事をする』自由が欲しい」

「随分とあけっぴろげな志望動機デスね」

「こんな場面で本音隠して取り繕ってもしょうが無いだろ」

「私があなたを雇ってなにか良いことあるんデスか?」

「掃除、洗濯、料理とか。後はボディーガードでもなんでもやるよ。こんな仕事していたら物騒な客も一人や二人いるだろう。弾除けくらいにはなると思うぜ」

 リバティは腰に手を当て、唇に人差し指を当て、濁点が付いた悩ましい声を上げ、ひねり出すように呟いた。

「格闘技の経験は?」

「ボクシングをずっとやっていた」

「料理の腕前は?」

「趣味だから家庭料理は一通り出来る」

「筑前煮とか作れマス?」

「材料と時間があれば」

「採用」

 リバティは筑前煮が好き。勇希はひとまず覚えておくことにした。

「とまあノリで言っちゃいまシタが、雇うにしても外に出られないのは不便デスね。ボディーガードするとしても一緒に移動できないんじゃお話になりません。まあ原因作ったのも私ですけど。そこの所どう考えてマスか?」

 なかなか鋭い質問に、勇希は頭を悩ませる。確かにそうだ。自分の家から出られないボディーガードなんて聞いたことがない。ただ考えなしに思いつきで話をここまで進めてきた為、そんな事まで考えてはいなかった。

「悪い、何も考えてなかった」

「嘘をつくタイプではなさそうですね」

 苦笑いを浮かべながら、リバティは先程のトーチを髪に戻し、また別のトーチを引き抜いた。

「採用してもいいですが、条件がありマス」

「その条件って?」

 リバティは手に持ったトーチをランタンに差し込み、そこから虹色に輝く『自由』の炎を取り出す。

「この自由はちょっとレアなタイプでして、普通の人間にはおおよそ扱えない不可解な現象を引き起こしたりしマス。これは『居住移転の自由』といって、持ち主が触れたドアが別の空間のドアと繋がるという摩訶不思議な自由デス。この自由、ドアの外に出られなくなるので普通の人にとっては不便デスが、外に出るわけではないノデ『外出』の自由を持たないあなたには好都合でしょう。条件とはこれを私から購入することデス。それが出来れば『記憶』の自由も、『私と仕事する』自由もおまけしマス。逆にもし買わないとしたら、このお話は無かった事に」

「買う」

「即答デスか。よく考えなくていいんデスか?」

「ここまできたら、よく考えても考えなくても答えは一緒だ」

 そんな勇希の答えに、リバティは愉快そうに笑った。よく笑う子だなと勇希は思う。

「なんだか意外と面白そうな人デスね。名前はなんて言うんデスか?」

「福澤勇希」

「解りました。それではユーキサン。『居住移転の自由』を一年分、あなたに売りマス」

 リバティが手に持っていたトーチを軽く振りかぶり、勇希の体に向けて一振りすると、先端についていた虹色の炎が勢い良く勇希の胸の中に飛び込んでいった。胸の中にかすかな暖かさが伝わる。どうやら自由は暖かいものらしい。

「それじゃあ、これからよろしく頼むよ雇用主」

 握手のつもりで勇希が差し出したその手に、リバティはイタズラっぽい笑みを浮かべながら一切れの紙切れを差し出した。その高級な素材の紙には、何だか見たことのない桁の数字が書かれている。

「先ほどの『居住移転の自由』の請求書デス。総額二億」

「にっ、二億っ!?」

「ビタ一文負けまセンよ。キッチリ働いてバッチリ返してくだサイね」

 五千万の借金が一瞬で返済されて、外に出られなくなって、瞬間移動が出来るようになったと思ったら、二億の借金を負っていた。明らかに以前より状況が悪化しているではないか。そんな後悔を胸に、勇希は頭を抱えながら大きなため息をついた。

 賽は投げられたのだ。出た目に文句は付けられない。


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付自由なリバティ 伊織千景 @iorichikage

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