第53話
ラグナルの言う通り、食堂には皆が揃っていた。
まだ食事を始めたばかりらしく、スープは湯気を立て、パンは香ばしい匂いを漂わせている。
席に着くと、ウォーレスに体の調子を気遣われた。反対にルツには咎めるような視線を、ノアには「倒れたばっかで何やってんの? イーリスってまじで馬鹿でしょ」ときつい言葉を頂戴した。ルツとノアは正反対の姉弟だと思ったけれど、根底は似ているんじゃないかと思う。
ゼイヴィアはいつも通りだ。「おはようございます」と実にそっけない。
皆と挨拶を交わしながら、一人足りないことに気づいた。
「キーランは?」
昨晩から姿を見ていない。
ゼイヴィアがナフキンで口を拭った。
「所用でホルトンに馬を走らせてもらっています。夕方までには戻るでしょう」
ここからホルトンまでは馬で半日、馬車で一日の距離である。
「まさか昨日の夜から?」
まさか、と付けたがそうでなければ時間が合わない。
ゼイヴィアはあっさり頷いた。
「ええ。少々急ぎでしたので」
昨晩の騒動後に出来た急ぎの用。気になるがロフォカレ内部のことに首を突っ込めない。
「そうなんですか……」
釈然としないものを抱えながら席に着く。
すると、すかさずお仕着せの女性がスープ皿を私の前に置いた。
「お飲み物は何になさいますか?」
そう尋ねるのは初めて見る給仕の男性。
他にもカトラリーをセットする女性に、籠からパンを置いてくれる女性など、昨日までとは違う人だ。しかも明らかに人数が増えている。主に女性の数が。
彼女たちの視線は隣に座るラグナルに向いている。
もちろんずっと凝視しているわけではないが、ジュースを注いだり、お代わりを勧めたりしながらちらちらとラグナルを見ていた。
「なーんかさ。使用人の数が少ないなとは気になってたんだけど、昨日まで僕たちの世話に当たっていた奴らはマーレイの息がかかってる者ばかりだったみたい。皆が皆、誘拐騒動に加担してたってわけじゃなさそうなんだけどー。とりあえず領主の沙汰を待たないとってことで、まとめて地下牢行きだって」
使用人の顔ぶれが変わったことを不思議がっているのに気づいたらしいノアが、耳打ちする。
「にしても鬱陶しいなあ。こそこそ見ずにがっつり見たらいいじゃん」
「やめなさい、ノア」
ノアのさらに向こうにいるルツがため息を吐く。
彼女たちの目がラグナルに向くのは、ダークエルフだから、という理由ももちろんあるのかもしれない。しかし、ほとんどは彼の容姿のせいだろう。
若鹿のようにしなやかな肢体に、中性的な顔立ち。
森で出会った頃の、砂糖菓子のようにふんわり甘く溶けてなくなってしまいそうな儚げな容貌から、徐々に甘さが削ぎ落とされ、冷ややかな美貌が際立ちつつあった。
まだ少年の域を出ないのに人目を惹くことこの上ない。訪れた街々できらきらしい二つ名を贈られるのも頷ける。
当のラグナルは女性陣の視線を意に介さず、スープを口に運んでいる。なかなかの胆力である。エルフという種がそうなのか、人間界に出てくるエルフがそうなのか。それとも彼らにとっては人間から寄せられる感情など瑣末なものなのか……
ラグナルの横顔を眺めても答えは出ない。
私は並べられた食事に向き直り、右手でスプーンを持とうとして……テーブルの上に落とした。
包帯を巻かれている上、力を込めようとすれば痛みが走るのだから、当然の結果だった。スプーンを持つ前に気づけなかった自分が残念だ。
左手にスプーンを持ち替えてスープを口に運んでいると、魚料理の乗った皿がすっと引かれる。
遠ざかる皿を辿ると、眉を下げたラグナルと目が合った。
「怪我をしてるのに、気づかなくて悪かった。食べやすいように切り分けといてやるよ」
お仕着せの女性陣の視線が、一気に集中する。
キー! この女! みたいなギスギスしたものではなく、どこか冷たい印象を纏う美少年の意外な優しさに、ほんわりしたといった様子だ。
成人済みの女性ばかりで、さすがに恋情の対象にはならないのだろう。
「うっわ、さすが新月の貴公子(笑)。じゃあ、僕はこっちのパンでも一口大に千切っとこうかなあ?」
「……ノア」
すかさずノアが茶化し、ルツが諦め混じりに名を呼ぶ。
「俺がやる。それを寄越せ」
ラグナルはムッとした声を出してパンの皿を指し示した。
「なんでー? 僕がやってもいいじゃん」
「倒れた俺をかばって怪我をしたんだろう? なら俺が世話をするのが当たり前だろ」
仲が悪かろうが良かろうがどちらでもいいが、私を挟んでやり合うのはやめてほしい。
「もてる女は辛いな、イーリスさん」
向かいに座るウォーレスが楽しげに、しかし余計な茶々を入れる。
「は? 何言ってんの、ウォーレス。最近きもいよ」
「俺は当然のことをしてるだけだ」
ノアとラグナルに揃って睨まれるも、ウォーレスは何処吹く風である。「青春だな」とにやにやしながらグラスを傾ける。
「ウォーレス……」
ルツのため息は増えるばかりだ。
結局、私の朝食は見かねた給仕の男性が、全て綺麗に一口大に切り分けてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます