三流調剤師と森の落し物

第15話

「イーリスさん、あんた本当にこんな奥まで一人で入ったのか?」


 先頭を行くウォーレスが枝を払いながら、振り返った。


「その、雨不足のせいかサオ茸がなかなか見つからなくて、つい……」


 答える声は段々と小さくなっていく。

 私のすぐ前を歩くノアもまた振り返り馬鹿じゃね? と言いたげな瞳を向ける。


「馬鹿じゃないの?」


 言いたげで止まる少年ではなかった。


「否定はしません」


 ずばり言い切られても仕方がない。


「晴天が続いていましたからね。湿気を好むサオ茸を探すのは大変でしたでしょう。けど、お一人でここは……。ロフォカレは討伐ギルドですが、護衛も受けていますよ?」

「あ、ありがとうございます」


 弟と違って優しいルツの親切に涙が出そうだ。

 けどサオ茸を探すのに護衛をお願いしていては確実に足がでてしまう。


「方角に間違いはないか?」


 殿のキーランが確認の声を上げる。


「はい。念のために枝を折って目印にしてましたから」


 その枝をウォーレスがばっさばっさと払っているわけだが……。帰りは慣れた彼らが道案内してくれるのだろう。


「もうちょっとだよ。ね、イーリスお姉ちゃん」


 手を繋いで歩いていたラグナルが私を見上げてにっこり笑った。


「え? 覚えてるの?」

「うん、ここって昨日お姉ちゃんと歩いたとこでしょ」

「森の中に入るときは? どの方角から来たかわかる?」


 歩きながら尋ねると、ラグナルは可愛らしく首を傾げてからしょんぼりと肩を落とした。


「分かんない」

「でも私と出会ったとこは分かるんだよね?」


 今度は元気よく「うん」と返事が返ってくる。


「あそこだよ」


 そう言ってラグナルが指を指したのは、なんの変哲もない森の一角。

 ラグナルが腰掛けて干し柿を食べた岩に、彼が出てきた茂み。昨日の記憶と照らし合わせて確認する。間違いない。確かにここだ。


「私と会ってからのことは覚えてるんだ……」

「出会う直前に何かがあったのかもしれないな」


 足を止めた私の隣にキーランが並ぶ。


「イーリスさんは今、俺たちが歩いてきた方向から来たんだよな。ラグナルはどこから? それともじっとしていたのか?」


 ウォーレスが辺りを見回しながら言った。


「ラグナルはそこの茂みから出てきました。それをこの場所から目撃して……」


 最初は怨霊の類かと思ったこと、しかし倒れたラグナルを見てすぐに駆け寄ったことなどを手短に説明する。


「んじゃ、こっちを重点的に探ればいいってことだよね」


 言いながらノアが茂みに進もうとするのをキーランが襟首を掴んで止めた。


「待て、足跡を乱すな」


 注意して地面を見れば、所々にうっすらと足跡が残っている。この辺りの地表がじっとりと湿っていたのが幸いしたのだろう。キーランとウォーレスが慎重に小さなラグナルの足跡を追って茂みに分け入り、その後から、私とラグナル。最後にルツとノアの姉弟がついてくるという隊列になった。

 二十歩も歩かないうちに、前を行く二人が唐突に歩を止める。

 目配せを交わし合う二人の視線の先を見て、息を飲む。

 枝に黒っぽく色が変わりかけた血が付いていたのだ。量は多く無い。ラグナルの体の傷から出たものだろう。

 その血を発見してからすぐに、土中の水分量が多くなりすぎたのか足跡は不鮮明になり追えなくなった。しかし血痕がついた葉や枝がちらほらと見て取れる。私たちは目を凝らして血痕を探しながら歩いた。

 血のついた葉や枝は不思議なことに、徐々に上へ上へと移動し、ついにはラグナルの身長よりも高い箇所にまで見られるようになった。

 ラグナルが腕を上げて歩くか、宙に浮きでもしないかぎりそんなところに血痕がつくはずがない。

 もしくは――


「誰かがラグナルを抱き上げて運んだ?」

「それかラグナル以外の誰かの血だな」


 私の呟きにウォーレスが付け加える。

 皆の意識は、すっかり葉や枝についた血に向いていた。その血は今や私の肩あたりにまで達している。

 そのせいで足元への注意がおろそかになっていたのだろう。

 真っ先にそれに気づいたのは私だった。

 足に触る、木々や葉とは違う感触に足元を見て、こんなところに落ちているはずのないそれを拾い上げ、本能の命じるままに放り投げた。


「えっ、お姉さん、何投げたの? ……は?」


 ノアは私がそれを放り投げた方を見て、絶句する。

 遠くに投げたつもりだったのに、それはすぐ目の前の木に引っかかってひらひらと揺れていた。


「なんで、こんなところにパンツが……」


 そう、私が見つけたものそれはパンツだったのだ。形や大きさからして間違いなく男物。緑で溢れる森の中でそれはとても目立った。なにせ原色の紫を下地に、猫とも犬とも知れない奇妙な動物があらゆる色で大量に描かれているのだ。


「なんつう悪趣味なパンツ」


 思わずそう呟いてしまったのは致し方なかったに違いない。

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