第14話
焼き菓子を押し付けられたラグナルは条件反射のように口を開けて飲み込むと「よく分かんないけど分かった。お話しない」となんとも頼りない返事をくれた。
「しかし随分、具体的な噂だねえ……」
笑いの発作から真っ先に立ち直ったオーガスタスは、またも困り顔だ。
単なる流言だ。と言い切るには内容が細かすぎた。遠い国の話も混じっているのに、王都などの知れ渡った地名が出ず、地方の街の名前ばかりなのがまた信憑性を高めている。だからこそ皆、きらきらしい二つ名を笑ったらまずいと考えたのだろう。
「ゼイヴィア」
オーガスタスが声をかけると、ゼイヴィアは心得たと言わんばかりに頷いた。
「他の討伐ギルドにそれらしき者が現れなかったか確認いたします」
なるほど、もしもホルトンにそのダークエルフがたどり着いていたら、他の街と同じように単発の依頼を受けに討伐ギルドの門を叩くと考えたのか。
ゼイヴィアが部屋を出て行くと、キーランが口を開く。
「オーガスタス、どうする? 森に痕跡を探しに行くなら早い方がいい。西守が夜には雨が降ると言っていた」
西守は街を守る周壁の西側にある物見の長の呼称だ。見張り役と共に、暮れ行く陽や雲の流れ、鳥の動きなどを見て天気を予見する役を担っている。
今の西守は学者肌の老齢の男性で、的中率が歴代で類を見ないほど高いとか。
「雨は困るねえ。お嬢さん、急だが今から案内をお願いできるかい? ラグナルは……ここで私と待っていようか」
「やだ!」
オーガスタスの言葉にラグナルが首を振る。
「僕も行く」
そう言って、私にぎゅっとしがみついた。すっかり懐かれた。……というよりは、さっきノアに散々怯えさせられたせいで、心細くなっているのだろう。
「でもラグナル、森にはあのお兄ちゃんも来るよ?」
ノアを示して「ですよね?」とオーガスタスに尋ねる。
「もちろんノアにも同行してもらうよ。魔術師としては優秀だからねえ。だからラグナル、どうだい? 美味しいお菓子もあるよ」
美味しいお菓子、と聞いてラグナルがぴくんと反応する。眉間に皺を寄せ、私とノアとオーガスタスを順番に回し見て、やっぱり私の腰にしがみ付いた。
「いや。僕も行く」
「ラグナル、森の中は危ないからここで待ってたほうがいいよ?」
「やだ! 絶対の絶対に僕も行く!」
昨晩はほぼほぼされるがままだったラグナルのこの自己主張っぷり。心を開いてくれていると喜ぶべきなのかもしれないが、対応がわからない。お菓子にも釣られないとなるとどうすればいいのだろう?
「いーじゃん、連れてってやれば。僕たちもいるし何も危なくないって」
「そうだなあ。森と言っても、昨日イーリスさんが一人でラグナルを連れ帰って来られた場所だろ? 大丈夫なんじゃないか?」
ノアにウォーレスが賛同する。
「そうですね。森に入ればラグナルも何か思い出すかもしれませんし。どうですか? キーラン」
キーランは私とオーガスタスを順に見た。
「連れて行くのは構わない。安全も保証しよう」
どうする? と問うように言われて返事に困った。
私は別にラグナルの保護者というわけではない。ロフォカレの皆さんに従うだけだ。そんなわけで、無言でオーガスタスの返答を待つ。
「ふむ。仕方がないねえ。無理に留めおくこともできないし」
黒魔法を使われたら対抗する手段がないと言いたいのだろう。
しかしその黒魔法。ラグナルは思うようには発動できないはずである。印により力の大部分を封じられているのだから。そう説明したいところだが、印術師のルツと、イーの一族の力を必要としているノアの手前、下手な発言はできない。
「あのラグナルを連れて行くのなら、靴をどうにかしてやりたいのですが……」
ラグナルの格好は無理やり形にした私の服に、バートに借りた彼には大きな布靴である。
森を歩くならもう少し足に合った靴を用意してやりたいところだ。昨晩は布を巻いただけの状態で本当によく歩いたと思う。
本当は服も用意出来ればいいのだが、懐具合がそれを許さない。なにせまだ龍涎石は換金できていないのだ。
「ああ、そうだね。これで街を出る前に一式揃えてやりなさい」
そう言って、オーガスタスは机の上に小さな巾着を置いた。中のものが崩れて袋の形を変えると共にちゃりんと音がする。
さすがはギルド・ロフォカレのマスター、太っ腹。
街を出る前にロフォカレのメンバーに連れられて、彼らの御用達の店で、ラグナルの服を買った。ラグナルの希望でゆったりとしたチュニックにズボン、それから柔らかい羊皮の靴。私が自分のものを揃える店よりもよほどいいものを置いていた。さすがはギルド・ロフォカレの以下略。
そういえば、これって私からロフォカレへの依頼になって、依頼料が必要になったりなんてしないよね……。
同行するキーラン達に確認したいところだが、やぶ蛇になりそうで怖い。事前に取り決めていなかったのだから知らぬ存ぜぬでいこう。
内心冷や汗をかきながら北西の門をくぐり、一路コールの森へ。
この間、ノアが一人でしゃべり倒していた。それに時々入るウォーレスの突っ込み。
私にとっては初対面のメンバーとの行動である。無言よりはいいのかもしれないが、お調子者でテンションが高く欲望に忠実なノアの性格が存分に滲み出た話は些か疲れる。
そんなノアのお喋りも森の中を進むにつれ、間遠になっていった。
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