第13話

バレたら確実に面倒なことになる。

 ――ルツとノアには気をつけよう。

 特にルツはラグナルの印にも気づいている節がある。先ほど見せた術の構築のスピードも素晴らしかった。彼女が優秀な印術師なのは間違いない。どこから足が付くか分からないと思うとヒヤヒヤものだった。


「あーあ、欲しかったなあ血……じゃなくて髪」


 放っておいたら血どころか骨まで持っていきそうな呟きを零すノア。

 ラグナルがすっかり怯えてしまっている。私の後ろでノアから見えないように体を隠そうと必死だ。


「あー! 思い出した!」


 そのノアが突然大きな声をあげたものだから、ラグナルはビクリと震えて、後ろから私の腰に手を回し張り付いてしまった。

 ノアのテンションが高めなのはいつものことなのか、驚いたのは私とラグナルだけのようだ。他の皆は「またか」と言いたげな雰囲気を漂わせている。


「ダークエルフと言えば、僕、土の施療院にいる間に変な噂聞いたんだよね」


 施療院は様々な治療を必要とする人の為に作られた施設だ。いくつか種類があり土の施療院は呪いの緩和を目的としている。

 遺跡の探索や魔獣の討伐時に呪いを受けた冒険者や兵が主な患者と言えるだろう。ノアのような。

 しかしあくまで緩和が目的なので、施療院での完全な解呪は難しい。

 見た所、不自由を抱えている感じは受けないので、ノアが受けたのはごく軽い呪いだったのだろう。遺跡に張り巡らされた先人の罠は、長い年月を経るうちに劣化してしまい、本来の効き目を発揮しないことがままある。

 もちろん中には全く衰えていない、且つえげつない呪いもあって、そんな呪いの餌食になった人の一部がイーの一族の客となる。術印と呪いは構成がよく似ているのだ。

 ノアは「ねえねえ、聞きたい?」ともったいぶって「早く言え」とウォーレスに小突かれていた。


「なーんかねえ、いるらしいよ? その子以外にも人界に出て来てるダークエルフが」


 ようやく話しだしたノアは何がおかしいのか、ニヤニヤと口元を緩める。


「そいつダークエルフなのに黒魔法じゃなくて剣を使うらしくてさあ。それも結構な腕でー、あちこちの討伐ギルドに顔を出しては高額報賞の単発依頼を受けてんだって」


 それ、本当にダークエルフ? ちょっと耳が長い日焼けした人間じゃないの?

 そう思ったのは私だけではないはずだ。

 ダークエルフが人界に出てくること自体めずらしいのに、大好きな黒魔法じゃなく剣を使い、その上大嫌いな人間のギルドから仕事を受ける。そんなことがあり得るだろうか?


「お前、それはガセではないのか?」


 ウォーレスの声は呆れを隠そうともしていない。


「まあまあ、待ちなって。この話まだまだ続きがあってさあ。あちこちって言ったでしょ? これが興味深くてさ、最初に話が上がったのがムーダーラ、次がラトム、んでからケーラ、ゼランときて、最後の目撃談がロサラムなんだよねー。どういうことだと思うー?」


 ロサラム、それはこのホルトンの東隣の領にある街の名だ。ノアが治療を受けていた土の施療院のある場所でもある。

 なにより今の話で興味深いのは……


「だんだん近づいてる?」


 ムーダーラは最北東の国にある街の名前で、ラトムは私が出身を偽った国クティニャにある街の名だ。ケーラはその西隣りの国の街。ゼランはまたその西隣の国にある。

 呟きを拾ったノアが「調剤師のお姉さん、せいかーい」と私を指差す。


「大陸を東から西へ移動してんだよね。そいつ」


 なんとも言えない悪寒のようなものが背筋を這い上った。

 ――一体なんのために?


「噂ではさあ人探しをしてるみたいなんだよねえ」


 ノア以外の皆の視線が一斉に私の背後に隠れるラグナルに向けられた。

 人間嫌いのダークエルフがわざわざ人界に出て来て探すって、それもうラグナルしかいなくない?


「しかもさ、こっからが一番面白い話なんだけど」


 ノアのニヤニヤ笑いが酷くなる。唇をふるふると震わせて吹き出しそうになるのを耐えているようだった。


「そいつが出没した街のやつらが好き勝手に二つ名を付けたらしくてさあ。これが傑作なの。まず「新月の貴公子」でしょ? それから「宵闇の冴えた月」に「闇夜に舞う月の精」「輝ける黒き星」極め付けが「漆黒に煌めく月光」だよ?」


 そ、それは、なんとも痛々しい二つ名のオンパレードだ。


「くっそだっせぇ〜!!」


 ノアはついにお腹をかかえてギャハハハと笑い声をあげだした。

 確かにダサい。しかし笑いたくとも笑えない。だってそのダークエルフが探しているかもしれないラグナルがすぐ後ろにいるのだ。しかも最後の目撃談が東隣の領のロサラムである。すでにこの街に来ていない保証がどこにある。

 ラグナルの口から、二つ名を笑ったことをそのダークエルフに知られたら……

 ふと周囲を見回せば、皆同じことを思ったようだ。

 ルツは口を手で押さえ、ウォーレスは額に手を当てて俯き肩を震わせており、キーランは虚空を睨んで笑いをこらえている。ゼイヴィアはいつの間にか壁に向き直っていて、オーガスタスは机に突っ伏していた。


「ねえ、どうよ。調剤師のお姉さん。「漆黒に煌めく月光」だよ? 黒いのか光ってんのかどっちなんだよっての。すっげえ痛いでしょ?」

「そ、そんなことは……」


 こっちに話を振らないでほしい。

 こちとら失言でえらい目にあったばかりである。これ以上下手な発言をして自分の首を絞めるのは御免である。


「えー、本当にぃ? こんな二つ名、付けられたのが自分だったらちょっと外を歩けないよねえ?」


 曖昧に濁したのに、ノアには通じなかった。いや、通じてるのにあえて気づかないふりをしているのかもしれない。

 こんなことならゼイヴィアのように回れ右をしておけば良かった!

 私は腰に回されたままのラグナルの小さな腕を意識しながら恐々口を開く。


「え、えーと、例えば「漆黒に煌めく月光(笑)」とかにして積極的に笑いを取りに行くスタイルにすればなんとか……」


 ならないか。


「(笑)って」


 ぶっとノアが吹き出す。


「「漆黒に煌めく月光(笑)」ってひっでぇ。ああ、もうお姉さんひでえ。最高!」


 ノアは目に涙を浮かべてさらに笑い続ける。

 私は大急ぎで袋から焼き菓子を取り出すと、振り返ってラグナルの口に押し当てた。


「今の話、本人にはしないで。お願い」

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