第12話
私が森に案内しなければならないギルド員との顔合わせは、こうして非常に肩身の狭い状態から始まった。
「オーガスタス、俺たちが呼ばれた理由を伺っても?」
そう切り出したキーランは、ノアの暴露中も一切表情を変えることがなかった。
三流調剤師の放言をさらりと流すその度量。流石はギルド・ロフォカレのマスターが腕を保証するような、一流の冒険者である。
ノアも面白がっているだけで、怒っているようでもなかったし……。彼らほどの花形となると嫉妬も受け慣れているのかもしれない。
……いや、本当に、すみませんでした。今度から調剤師仲間とはロフォカレから一番遠い酒場で飲もうと心に決めた。
オーガスタスはラグナルについて、また私がここに来た経緯について、詳細に説明する。私は時々同意を求められ、頷くだけでよかった。
「君たちには、こちらのお嬢さんとコールの森に行き手掛かりを探してきてほしい」
オーガスタスの話が終わると、キーランは神妙な面持ちで「わかった」とだけ言って了承した。
その隣で怪しく目を輝かせたノアが鼻息も荒くラグナルに詰め寄る。
「この子がダークエルフって、本当なの!? ちょっ、耳! 耳みせて」
「や、やだ」
ラグナルはさっと私の後ろに隠れた。
「そんなこと言わないで、ちょっとで良いから。あ、それと、髪! 髪の毛一本ちょうだい。なんなら皮膚の一欠片でも、汗でも涙でもいいよ! 本当は血と言いたいところだけど」
魔術師の中にはエルフの魔力に心酔し、彼らの一部を取り込めば、それが自分にも宿るのではという妄想に取り憑かれているものが稀によ・く・いるのだ……。
思いっきり人選ミスじゃないのか。
私はオーガスタスをちらりと見やった。責めるような視線になってしまったのは仕方のないことだと思う。
「ノア、この街を滅ぼす気かね」
オーガスタスの声はいつになく厳しかった。
はるか昔、彼らの力を文字通り我が物にせんと、おぞましい事件を起こした魔術師がいた。仲間意識の高いエルフがそんな真似を許すはずもなく、魔術師は報復を受けた。死体が残らないどころか、魔術師を中心に半径百メートルのクレーターができたというから驚きだ。
「もっ、もちろん血は駄目だよね。分かってるよ。自然に抜け落ちた毛の一本ぐらいなら……」
オーガスタスはルツに目で合図を送る。
ルツは心得たというように頷いてから、ノアに向き直った。
「契約を」
「げっ」
ノアの顔が引きつる。
「冗談! 冗談だって。何も要らないから!」
ルツは静かに首を横に振るとワンドを構えた。
ワンドの先に見る間に術印が構築されていく。色は銀。契約の印だ。
「ちょっ、本当に、約束するから。ウォーレス!」
ノアはじりじりと後退る。いくらも行かないうちにウォーレスにぶつかると、振り返って助けを求めた。
ウォーレスは満面の笑みで、ノアを羽交い締めにする。
「お前、先月行った遺跡覚えてるか? 呪いがかかってるから開けるなって言った部屋、こっそり開けたよな? あの時も確か開けないって約束してたよな?」
残念ながらノアの信用は全くなかったらしい。
「我が名はルツ・ウーイル。血の縁えにしを持ってここに契約を結ぶ。契約内容はダークエルフの子ラグナルに関する一切の所持利用及び口外の禁止」
ルツの声に呼応して銀色の術印は小さく収縮し、コインほどの大きさになる。
「ウォーレス、右腕を」
ウォーレスは器用に片腕でノアを拘束すると袖をめくった。
一体これまで幾度やらかしたのか。ノアの腕にはすでにいくつかの契約印が刻まれていた。色は全て銀。間違いなくルツが施したものだろう。
「ああ、やめてやめて。また腕がカラフルになっちゃう」
ルツは弟の泣き落としには耳を貸さず、ワンドを振るう。印は眩い光を放つとノアの腕に刻印された。
本来銀色の契約印は合意がないと成り立たない。それを一方的な意思だけで可能にしているのはルツとノアの血の近さ故だろう。
「あーもう、これ何個目よ。僕そのうち全身銀色になっちゃうよ!」
ウォーレスの拘束が解かれると、ノアは腕を撫でて大仰に嘆いた。
「言動を改めればいいだけだろう」
正論を吐くのはキーランである。
「ふんっ、その前にルンカーリに行くからいいよ」
「またイーの一族ですか」
突然飛び出た故郷の話に、一瞬息が詰まった。
「そ、解呪の一族。絶対にいつか依頼して消してもらうから」
「確かに彼らなら私のつけた契約印を消すなど赤子の手をひねるより容易いでしょう。しかしイーは法外な報酬を要求するのですよ。貴方に用意出来るとは思えませんね」
故郷の兄や一族はとんでもない守銭奴だ。様々な理由で解呪を求めやってくる依頼人に、一生かかって、漸く払いきれるほどの報酬を要求する。逆に言えば支払いさえしてくれれば、限りなく黒に近いグレーな依頼でも受ける。それもあって、高額でも解呪を求める人は後を絶たなかった。例えば双方が合意して結んだ正式な契約印を一方的に破棄できてしまうのだから、旨みは計り知れないのだろう。
しかしあれもこれも解呪していては恨みを買ってしまう。そこで一族はどう見ても黒な危険な依頼には手を出さず、また報酬の一部をルンカーリに収め、代わりに保護を得ていた。
今の私にはその保護がない。ついでに言うなら、解呪の力も当主の兄に比べれば月とスッポンである。赤子の手どころか、大男の手を捻るに等しいのである。変に期待されて、恨みを買ったり、悪事に加担させようと攫われたりしてはたまらない。
私はこっそり溜息を吐いた。
大陸の西端に位置するこの国ではルンカーリは馴染みが薄く、イーの一族のことも知らない人ばかりだったのに。
様々な国を渡り歩く冒険者の中には情報に精通している者もいるというから、彼らもその類いだったということか……
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