第2話「赤き剣聖」

百花闘術と呼ばれる武術がある。

中国拳法と同じようなものだ。様々な技がある。百花闘術は拳技と脚技と別れる。

シリウスとデネブ、二人がそれぞれ身に着けている。その闘術は元々名無しだったが

シノン・カンタベリーの先祖の一人が名前を付けた。


百花闘術・拳技(脚技) 参ノ型「石楠花しゃくなげ


防御の上からダメージを与える正拳突きとドロップキック。百花闘術には精密な

魔力操作が重要になってくる。その技量が高い者が必ずしも強いわけでは無い。

鋼の肉体を、そして優れた身体能力を手に入れていなければ強くなれない。

正確な位置は分かってもすぐに回復し、壁で覆ってしまう。


「駄目だ。速度が速い、技を出して0コンマ単位で覆い隠してしまう!」


デネブも顔をしかめる。その速度を上回り、更に鉱石を破壊しなければならない。

少し骨の折れる戦いだと思い知らされる。だがすぐにゴーレムたちの動きが鈍って

きた。鉱石から流れ出る魔力は全く別の場所に流れている。その先は屋敷がある。

そしてその中にはエレクトラがいる。


「そっか…そんなことも出来るんだ!」


その魔力はエレクトラのもの。彼女のもとに魔力を戻すことが出来る。ただし

距離も離れている為、少しずつしか吸い取ることは出来ないようだ。

その少しは彼らにとっては大きい。

もう一度「石楠花」を放つ。確かに鉱石を破壊した。


「勝機ッ!」


他の二体も瞬殺。これで村で暴れていたゴーレム全四体を退治した。

シノンの眼というサポート、そしてエレクトラの機転を利かせた行動、

シリウスとデネブの連携が今回の勝利の勝因だろう。



買い物。ここから離れた場所、王都と呼ばれる場所には店がたくさん並んでおり

人々が行き交う最も賑やかで華やかな街だ。そこではいつも騎士たちが

巡回している。アンドロメダ王国と呼ばれるこの国は神聖な竜に見守られている国。

ゴーレムの騒ぎから2週間が経っていた。街も元の状態に戻っており、安定して

いた。シノンも一息吐こうとしていた時にエレクトラから王都に出かけてみたら

どうかと提案を受けた。気分転換にも丁度いいだろう、ということだ。


「やっぱり栄えまくっている王都の賑やかさはあっちとは違うね」

「えぇ、人も多いわけですからね」


デネブはそう返した。人混みの中を二人は流れるように歩いていく。

だがすぐに足を止めた。デネブが掴んでいたのは人の手首。ただしシノンの手首では

無い。その手は盗人の手だ。


「盗みは、いけませんよ。何もしなければ僕も何もしません」

「ぐ、クソッ!」


薄汚い男は逃げていった。常人でも見ればデネブの強さは分かるようだ。


「あー、見つけたよ。二人とも、何か盗まれたりはしていないかい?」


人混みを掻き分けてやってきた男は腰に剣を携えていた。その動きを見れば

騎士であることも分かるだろう。国には剣聖と呼ばれる人物がいる。名前の通り、

剣の扱いに優れた者の事だ。その一族が存在する。ローゼンタール家では

生まれて来た子は剣聖の加護を受ける。

代々、そして子々孫々、剣聖は受け継がれていく。現代の剣聖が目の前の男。

宍色の髪をして若き剣士。


「剣聖、レオンハート・ローゼンタール!」


驚きの声を上げるシノンに対しレオンハートは苦笑を浮かべた。


「まだ僕は剣聖に相応しくありませんよ。シノン・カンタベリーさん、僕の事は

レオンで構いません。名前が長いので」


ローゼンタール家は剣の能力に秀でているために魔術に関しては扱えない体質だ。

しかし外に出すのではなく体内で使うため、身体能力は高いという。

そしてレオンハート、レオンは最強の剣士だ。性格も良い、だが彼は儒人には

なれない。才能という才能に恵まれ過ぎているからだ。


「――」

「?どうしました?シノン様」


そう聞いて来たデネブの顔は酷く穏やかで、何を言おうとしているのか

察しているようにも見える。


「私もレオンって呼ぶからレオンも私の事をシノンって呼んで欲しい」


レオンは目を丸くした。


「とんでもない!僕は騎士、貴方のような高位の方に忠誠を誓うのです」

「じゃあ私もレオンハートって呼ぶことにする」


彼は押し黙ってしまった。


「…まぁ結局レオンって呼ぶんだけど」

「結局でしたか…」


馬の集団が荷車を引いて道を進んでいく。何か急ぎの用があるように

見える。街に来ていた人々も何があったのだろうかと騒めいていた。

レオンもまた何かを考えているようだ。


「そうだ!シノン様とデネブの力を見込んで、力を貸してやってはくれないか?」

「えぇ?レオンが行けば百人力どころか千人力でしょうに」


シノンの言葉にデネブは頷いた。またもや彼は苦笑いをする。


「仕事が入ってしまってね。だからこそ僕の代理を頼まれて欲しいんだ」


レオンは二人を見た。


「ケルベロスと呼ばれる魔獣がいる。その討伐戦だ。巨大で表皮も硬い。

それに半不死身の魔獣とされているんだ」

「正しい殺し方も未だ判明していませんでしたね」


デネブの言葉は正しい。ケルベロスの他に何体か強力な魔獣がいる。それらは

まとめて命獣と呼ばれている。命獣の討伐に成功した者はいない。それらは

人々の負の心が生み出した体現者である、そう言われている。

倒せば名誉が与えられる。それが欲しくて挑み死んだ猛者は何人も存在する。


「シノン様は全てを見通す慧眼を持っていると聞く。デネブ君は優れた脚技を

身に着けていると聞く。だからこそ頼まれてくれないか」


大きな期待を寄せられているという事実とシノンの性分が相まって二人はその

頼みごとを聞くことにした。

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