異世界憑依してみた

花道優曇華

第1章「天秤宮ノ章」

第1話「ゴーレム動乱」

―お願い


―私のすべてを貴方にあげるから


―私を殺した奴らの悪事を暴いて



~プロローグ・完~


屋敷。大きな屋敷には少人数が暮らしていた。そこで主な家事をしているのは

蠱惑的な美貌を持つ執事である。容姿だけでなく中身まで清廉潔白、女性ならば

彼、シリウスを見て頬を赤らめないはずがない。

フッと目を覚まし、シノンは体を起こした。


「い、今、何時ッ!?」

「昼の12時です」


シリウスが銀色の懐中時計を見て答える。温かい陽の光が射していたせいか

シノンはいつの間にか眠っていた。それも堂々と机に伏せて。

彼女の体を覆っていたのは黒い上着、シリウスが着ていたはずの服だ。

その上着を彼女から受け取りシリウスは袖を通した。


「昼食の準備は整っております」


食事が用意されている部屋からは美味しそうな匂いが漂っていた。

何か事件が起こった後とは思えないほど穏やかな空気に包まれていた。

だが確かに“シノン・カンタベリー”は殺されたらしい。シリウスに

その時のことを聞くと悲し気に苦笑を浮かべ、人差し指を口に当てた。


「私の唯一の失態故、あまり…ね?」


失敗談は進んで話したくはないようだ。運よくシノンが目を覚まし、彼はきっと

今までにないほど喜んでいたに違いない。彼の事だから表情には出さないだろうが。

そして彼は決意していただろう。一度の失態を二度と繰り返さないと。

彼が背負っている責任感、シノンには彼以外には計り知れない。

尤も彼が自分を頼ることはほとんどないだろうが…。


「お帰りなさいませ、エレクトラ様」

「あぁ、ただいま。シリウス、シノン」


長い髪を持つ女性の名前をエレクトラ・ウィル・フィローネ。

魔術師だ。彼女は遠くに出かけていた。ただの旅行だが。彼女についていった

使用人もシリウスに会釈した。シリウスよりも少し小柄で少年として見える。

名前をデネブという。柔らかな華奢な体に見えるが彼はシリウスも同様だが

常人離れした身体能力を持っている。時折、力自慢の男たちがやってきては


「―道場破りじゃあ!!!」


などと言って屋敷に乗り込んでくるがデネブに一捻りされ、屋敷を去っていくことが多い。ん?何故、そんな輩が多いのか?

それはエレクトラの事だろう。目鼻立ちのキリッとした美しい顔。彼女お目当てで

来る者も少数だが存在する。風の噂ではシリウスとデネブの事を

“カンタベリー邸の双璧”などと呼んでいる者もいるらしい。


「すまないねシノン。君の従者を独り占めしてしまって」

「え、なんか誤解を生みそうな言い方!」


今、時間も外も夜になろうとしていた。このまま何も起こらずに一日が

終わろうとしていた。真夜中、眠っているのはエレクトラとシノンの二人。

他の二人は屋敷を見まわっている。それが彼らの日課となっている。

誰よりも遅くに寝て、誰よりも早く起きる。そんな生活で体がもつのか?

何度もシノンも聞いてみたが


「ご心配には及びません」


とか


「僕たちより自分の体をご心配なさってください」


とか


「カンタベリー家の使用人はこの程度で倒れたりしません」


と軽く流されてしまう。

狭霧が消えて、温かい太陽が空に昇り始めた時間帯。

エレクトラが珍しく取り乱し、声を上げていた。


「どうしたんですかっ!?」

「無い…私の、私の魔鉱石が無い!!」


エレクトラは自身のポケットというポケット、引き出しという引き出しを

ガサガサと漁る。


「落ち着いてください。屋敷内に侵入していたのなら僕かシリウス、または

シノン様が必ず気付きます。一度、その魔鉱石を外へ持っていきませんでしたか?」


デネブの言葉を聞きエレクトラは考え、思い出す。遠出をしたとき、何かあった

ときの為に持って行ったような―


「その時、エレクトラ様の眼を盗んで誰かに盗まれたのではないでしょうか」

「ハァ…完全に私のミスだな…」


彼女が大きく落胆する。魔道具については大切にしている為、誰かに奪われる

もしくは無くしたりするとひどく落ち込んでしまう。そんな彼女に3人とも声を

掛ける気にはなれなかった。だがその失くした物の手掛かりとなる事態が起こる。

今にも泣き出しそうな空模様。

そして確かに異常事態は降ってきた。

村人たちが避難をし始めた。その様子を聞き、シノンは目を見開く。同様に

エレクトラも驚いていた。


「馬鹿な!?ゴーレムだとっ!!?」


ゴーレムというのは人工魔獣とも呼ばれる。古い時代には使役もされていたが

今では野生として生きているゴーレムがいる。使役するには魔力が流れる石、

魔鉱石が必要だ。そこでエレクトラは気が付いた。


「私の、魔鉱石だろうな」

「えぇッ!?」

「村人たちは何やら言葉を発していたと言っていたな。魔鉱石にも強弱がある。

それに比例してゴーレムの強さも変わる。知能の有無、力もな」


エレクトラは冷静に推測した。魔鉱石は作り出すことが可能だ。エレクトラのように

魔力が高い者は自身の魔力から魔鉱石を創り出すことも出来ると聞く。


「魔鉱石を破壊しろ。良いな?」

「だけど、それはエレクトラの大切な―」

「人の命と自分の道具、一番大切なのはお金で買うことが出来ない命さ」


彼女の意見を呑み、ゴーレムを倒すことにする。核となっているのはその鉱石。

それはゴーレムたちの脳であり、心臓である。だが知能が存在するゴーレムが

心臓を守らないはずがない。物陰に身を潜め様子を窺う。


「思いのほか、数がいますね。4体ですか」

「魔鉱石も隠してるみたい」


シノンの眼があれば隠されている位置が分かる。


「ならば、俺とデネブがゴーレムを一掃して見せます。力をお借りしても?」


シリウスの言葉にシノンは頷いた。そのやり取りをした後にシリウスとデネブは

ゴーレムに攻撃を仕掛けた。

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