ケンタロンランペイジ その4

 風を残し、自らが地を駆ける音が後から聞こえる。視界が一気に狭くなり、世界が円柱形にゆがむ。それでもケンタロンの太刀筋は予測がつくくらい時は遅く感じた。


「ナベルタ秘険ひけん、土鍋叩き!」


 到達する寸前でかがみ込み、軸足で切り返し死角からの突入を狙う。短刀でケンタロンの長剣を軽く払い牽制し、勢いで半身を回転させる。


「険が軽い、それでは我が甲は抜けん、ぐぬっ!」


 一瞬の鍔迫つばぜり合いで起きた火花が消え去るよりも早く、旋転せんてんした体が、盾でケンタロンの背中を叩き、威を殺さないまま後方へと飛ぶ。


 着地で得た衝撃をバネのように力に変え再び突進、一気に間合いを詰め、突く切っ先を今度は面に向けて突き進んだ。ケンタロンが装着する不可思議な表情を浮かべる子鬼の面は、視線をナベルタに向けたまま外す事は無い。


「貴殿の気概きがいは認める、だが迷いのある甘い突きだ!」


「どうだか!」


 ナベルタの突きを揺らぎ無く受け止めた長剣に、そのまま短刀をこすらせながら手首を回し逆手に持つと、脇腹の胸甲接合部めがけて切り裂くように払う。


「ソードダンスだと! しかし、険筋は的確で美しいが戦場、ましてや今の王都では死ぬだけだ」


「負け癖ばかりじゃないのさ! 死ぬか生きるか試そうって言うんでしょうが」


「そこが遅いという! 竜吠断罪険りゅうぼうだんざいけん!」


 ケンタロンが放った下段への一閃を短刀を地面に突き立て受ける。それはナベルタの腕力の限界近い衝撃で、危うく尻餅をつきそうになるが、なんとか堪えきった。


「この打撃で折れぬとは。手入れが行き届いてはいないが」


「フーラのお父さんが遺したものだから。もういいでしょ! あなたの険は全部見切ったし、越境橋の通行許可をくれたっていいじゃないのさ!」


「まだだ小娘! 我が竜吠断罪険りゅうぼうだんざいけんを受けきれるなどと自惚れるな」


「ばかにして!」


 地に立てた短刀を軸にした足払いでほんの一瞬の間合いを作り、立ち上がる土煙に紛れ背後から盾を叩き込んだ。


「ぐぬっ」


 虚を突かれ巨軀きょくが体勢を崩す。小さな体で翻弄するナベルタに村人達のなかに感嘆をあげる者が出始め、広場の熱気は最高潮に達していく。


「おおっ、ケンタロン候の体勢が崩れた」


「もしや本当に勇者なのかも……」


 勢いに乗って体を振り回し、渾身こんしんの一撃加えるべく大地を踏みしめ跳躍ちょうやくする。解放された力が短刀に集まり甲を貫く威勢を得る。


「ナベルタ秘険、南部式砂型割なんぶしきすながたわり!」


 激しい圧が中央広場に響く。もはや戦いは強者同士の激突と化していた。


竜吠尾襲突りゅうぼうびしゅうつき!」


 太陽光の幻惑と半身にさえぎられた刃を、不完全な姿勢ながら長剣で受け、即座の反撃で突き崩す。


 なんとかケンタロンの鋭い剣撃を盾で防いだナベルタだったが、そのまま蹴り上げられ弾かれてしまった。そのまま転がるように井戸まで後退する。


「くっ、いまのはこたえちゃった……次で終わらせないとだめ。でも、けっこうやれてると思う。わたし、がんばってる」


 石を積み上げられて作られた井筒は、もたれ掛かる身体を冷やし、朦朧もうろうとし始めた意識をつなぎ止めてくれた。


「だ、だいじょうぶかい?」


 井戸の中からの不安そうな声には、反響したエコーが掛かっている。


「まだそんな所に隠れていたのね」


「盾の手から血が出ている……もう十分だよ。ここでやめてもケンタロンは解ってくれるさ」


「井戸の中で応援してて、大丈夫やれるよ。わたし、ナベルタがだいぶ押してるから」


 流れ出した血潮が盾を握る拳を伝い、痩せた地面にうっすらとした溜まりを作っていく。


「よし、フィジック崩しだ。【フューリーオーダー:チャージ】が発動する直前に少しジャンプして斜め、そうだな、地面に二十度くらいの突入でぶつかるんだ。そうすれば設地コライダーがキャラアタリにかぶって判定できなくなる。ナベルタの重量でもグラビティー値がゼロになったケンタロンは吹き飛ぶはずだ。このバグシート・C02302Aチャージ激突問題は優先度Aのままずっと解決できなかったからきっと今でも」


「もうやめて! どんなにオーディナンスにあおられてもわたしは折れない。でも見方のあなたがそんなこと言わないで」


「でも、そんなに傷ついてまで、王都に行かなくてもいいような気がしてきたんだ」


「なにをいまさら! 世界をなんとかするためでしょ! だって開発チームのみんなで創った世界なんでしょ? あなたが愛した世界なんでしょ? だから……もうっ、わたしは、あなた達の想いに答えて勝つよ。だからわたしを信じて想って!」


「……三沢さんと同じ事を言うんだな、久々に思い出してしまった」




 ケンタロンは肩で息をしながら長剣を構え直した。勇者を名乗る娘の険の威はあまりに軽いものだったが、受け返しても手応えがなく始終調子をつかめなかった。正確な険裁きと、巧みな身のこなしで彼を翻弄ほんろうしていたのだ。


 後ろで控える老剣士に、対峙するナベルタを見据えながら問いかける。


「友よ、私はいったい何をしているのだろうな。あの娘は我らがなしえない事をしようとしているではないか。もはや勇者であって欲しいと祈ってさえいる私は、いったい何者なのだ」


「だからこそ候が試そうというのですよ。王都であの日の無残を繰り返すわけにはいきますまい。あの娘は理想の為に死ねと言うにはあまりに幼い。しかし迷われているという事は?」


「本当に勇者であるのかもしれんな。どちらにしても、次の一撃で決するだろう」


 再び長剣を中段に構え直し、軸足をずらし砂を蹴る。


「来るが良い、騎士ナベルタよ。示してみせよ」


「わたしの渾身で魅せつけるから! 刮目かつもくするなら今がベストチャンスだと思うよ」


 一呼吸置いた後、ナベルタは井戸を振り返る。


「あなたが捨てちゃった夢も、あなたの忘れちゃった約束だって、ナベルタがキャリーして取り戻させてあげるから、今はそこでブルブルしておけばいいさ。【フューリーオーダー:チャージ」

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