ケンタロンランペイジ その3

―ランペイジ数時間前



「ナベルタ、ケンタロンの信頼を得るには彼を騎士として倒さなければだめだ」


 おびえた羊亭まで準備万全でやってきた二人は最後の作戦会議を行う。街の中心部でひときわ目立つ建物がそれだ。元々小さな村人役場兼ホールだった建物は増築が繰り返され、雑な改修がまがまがしい不安定さを醸し出している。


「わたしの騎士の印、剣舞だって完璧な仕上がりよ」


 勇者エコーオブラストブレイズの剣舞、抜剣し切っ先を天に掲げ、盾を構える動作をナベルタは一晩の練習で完成させていた。その姿は美しも鋭く、彼女の持つ突き抜けた素養を示すに十分だった。


「まさに勇者の物腰だった。最初はすこし不安だったけど、今はナベルタの力を信じるよ。完全にね」


「おう! 今まさに勇者である騎士ナベルタの実力が発揮される時! でもサポートしてくれるんでしょ?」


「もちろん。お飾り箱による透明化でおびえた羊亭に潜入した後は、設置物アタリ四十五度板判定をキャラクターの間に四つ以上挟むことによるラインオブサイト、視線無効化エクスプロイトを使ってケンタロン達の僕に対する【発見】を無効化して、ナベルタのそばで潜伏、サポートするから安心して」


「うーん、なんだかわたし、この世界のバグに不安な感じなんだけど」           


「んんもおおおおおぉ! バグじゃなくて仕様なんだ! 遅延と判定のせめぎ合いの結果なんだぞ」



―ケンタロンエンカウント数秒前


***クエスト:ケンタロンランペイジ・キャンセル***

***エリートクエスト:希望公の騎士***



「我が名はナベルタ! エコー・オブ・ロストブレイズ、残光よりの使者だ」


「勇者ロストブレイズを語るか!」


「わたしの険が存分にね!」


 ケンタロンの怒号に即答で答えたナベルタは踵をかえし、おびえた羊亭の外へと歩き出す。


「勇者であり騎士ナベルタ、村の中央広場で待つ、立会人は村人達」


「騎士としては上々であろう。騎士ナベルタ殿、着装の猶予感謝する。竜騎兵の装具を出せ、フルプレートで臨むぞ」


 希望公をしめす赤抜き菱形文の刻印がされた重厚な板金鎧が部下達によって運び込まれ、着装の手助けをする初老の剣士が近づき耳打ちを促す。


「ケンタロン侯、あの娘は希望公の言う勇者たり得るのでしょうか。ならば侯は殺せますまい。ここは私めが剣を交えましょう。未熟なら倒し、汚名は私めに、倒されるのならば本望」


「勇者というのなら険を交えてみたい。騎士としてのわがままを許せ友よ」


 鈍銀に染められた胸甲を留め終わったケンタロンは、ゆっくりと立ち上がり大剣を半身で抜くと、己の表情をぼんやりと映す。


「希望公最後の世迷い言なのかと疑いすら持ち始めていた。ただ、勇者を名乗る者が現れた、その可能性に掛けるしかあるまい。お互い長く生きすぎ、待ちすぎたのだな」


 ケンタロンが山羊の角がかたどられたヘルメットをかぶり、最後に奇妙な笑みを浮かべる小鬼の鉄仮面を装着する姿を確認すると、友と呼ばれた老剣士が声を上げる。


「ケンタロン十二候が出陣する! 中央広場前に整列し、掲げ険をもって敬礼とせよ」


 おびえた羊亭に詰めていた男達は、希望公のタバードエプロンをはおり、慌ただしく飛び出していく。



 広場にはすでに数十人の村人達が集まってきていた。しかし騒ぎどころか、ささやき声すら立てる者は一人だっていなかった。


「うーん、村人のみなさん、だいじょうぶかなあ……」


 広場中央の井戸の縁に腰掛けながら待つナベルタは、村人達の異様な様子に、彼らの事が心配になってきていた。無感情は一番悲しいと知っていたからだ。


「大丈夫だ! 僕たちは勇者なんだぞ、勝てるさ。井戸の中から支援する。よし、うまく調整できたぞ。ここからだとオブジェクトがたまにヌケて広場がチラチラ見えるな」


 井戸の中からの勘違いな励ましの声に、ナベルタは中をのぞき込むことで答えた。


 声の主は井戸帯水層の手前で引っかかりながら、激しく上下左右に震え、ぼやけた姿になり、時折完全に消え、再び現れてはまた消えるという異常な状態を繰り返している。


「違う、村人達の様子が気になって、えええっ……なんだか、小刻みにブルブル震えてない? 消えたりしてない? だっ大丈夫なの?」


「僕が掴むことでアイテムオブジェクト化した井戸のロープアタリに、僕自身のキャラアタリをぶつける事で地形アタリにめり込ませ、アタリヌケ状態になっているんだ。井戸の壁面アタリと地面アタリがカメラアタリを抜け、透過されて、井戸の中からでもナベルタをしっかり監視できるから安心して。落ちたりはしないさ、この程度だと位置情報は維持され、最悪でも定位置にワープ移動されるから」


「んんもおおおおおぉ! そういうの聞きたくないんだけど!」


「各員整列。掲げ険!」


 静寂をわり、ケンタロンの兵達が並ぶ。普段のあらくれ者としてではなく、竜騎兵として訓練された陣を乱れなく整え主を待つ。


 二列に分かった隊列が掲げた険をくぐり、ケンタロンが広場へとやってくる。


 竜騎兵兵装完全装備の出で立ちは圧倒的だ、対峙するナベルタの小娘未満の姿は子供剣士の風体であり、井戸にもたれ掛かる仕草がちぐはぐさに輪を掛ける。


「希望公配下、竜騎兵兵団長、ケンタロン十二候。我が大剣レペンタントスプリッターをもって今一度貴殿に問う! 貴殿の称号は?」


「我が名は勇者ナベルタ! エコー・オブ・ロストブレイズ、残光よりの使者だ」


 ナベルタの名乗りに静かだった広場がざわめき、無関心、さめた無気力に見えた村人達が一斉に色めきだつ。そのうちにポジティブともネガティブとも取れない騒乱状態になる。


「静まれ、皆の気持ちは分かる。我々は王都を出て以来、裏切られ続けてきたからな。しかし、勇者、しかもエコーオブラストブレイズを名乗る者の出現はここにいる皆はもちろん、主である希望公も待ち望んでいたことだ」


 人々の視線がナベルタに集中する。


「あんな娘が、勇者だなんて」


「本当にあの子が勇者だったら、何年も感じていなかった本当の喜びになるのよ」


「十二候はどういうお考えなのだ、あんな小娘、候に勝てるどころか勝負にもなりますまい」


「偽物に決まってる……」


 村人達は挑戦者ナベルタの事を弱いと思っている、でも勝ってほしいとも思っているのだ。もしかしたらケンタロンさえそう望んでいるのかもしれない。


 そして井戸をもう一度のぞき込む。


「村人達はアリーナのオーディナンスと同じなんだ。ナベルタは絶対に勝つよ」


 決意し、息を深く吸い込む。


「ハイパー・サヴァイブ・アリーナinアキバ二年連続優勝経験あり、オーディナンスがゲームの世界を好きになってくれるようなプレイをめざし、クランマスターとして活動! 得意な戦法は、緩急付けた凸超ラッシュで鮮やかにキメてミせていく!」


 ほんの一瞬静寂になったが、すぐに怒号と歓声が同時に上がる。村人達は深い意味は解せなかったが、情熱だけはしっかり伝わったようだ。


「わずかな機会で、村人達、いやオーディナンスの心を掴むなんて。モノクロに見えた中央広場が色づいていく。これが本当の意味でのプレイヤー、勇者の力なのかもしれない」


 井戸の中でエクスプロイトを駆使しながら、もっともらしい解説する仲間に、一度しっかり叱らないとだめだとナベルタは決意した。


 今まで参加していなかった村人達が次々と中央広場に集まり、そのうち欠けの無い全員になる。熱気がさらに高まってゆく。


「凸? というのが貴殿の剣技であるのか。よし、見せてみよ! 我が剣技、竜吠断罪険が凸を受ける」


 ケンタロンは長剣を抜き中段に構え腰を落とす。囲む熱狂する村人達。


「同じなんだ。ナベルタは勝たなきゃだめなんだ」


 あの日のアリーナ、Naβ選手の負け予想が大半だった決勝戦。勝てという期待とどうせという諦めの空気感。すべてオーディナンスの声を、歓声に変えなければ、ナベルタが勇者であるならば。


「いくよ、超凸! 【フューリーオーダー:チャージ】」


 踏みしめる感触がナベルタを高揚させ、体をはじき出していく。

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