ケンタロンランペイジ その2

―ランペイジ二日前



 薄雲に覆われた昼下がり、心地悪い湿った空気が立ちこめる芋畑の真ん中にかかしが立てられ、短刀と盾を構えたナベルタが少し離れ対峙している。アルマイトの鍋が胴に掛けられたかかしは大柄でケンタロンの体躯を想定しているようだ。


「いいかいナベルタ、チャージの必要最低距離は4メートルだ、これを割り込むとチャージできない。バックステップで下がれる距離は3メートル。シールドバッシュで相手をノックバックできる距離は1メートル。今のナベルタの能力、装備でケンタロンに実力を見せつけるには、組み合わせてハメるしかない」


「でえい! みなまで言うな言うな。鍋とシューティングゲームの専門家ナベルタ、すでにぜーんぶ理解しているのさ」


「チャージが決まったらすぐシールドバッシュ。相手が後ずさってから、バックステップに入るまでの猶予は1チック、つまり12フレームしかない。それを1フレでも遅延してしまうと、バックステップで距離を稼ぎきれなくなってチャージの必要最低距離を割り込み、次のチャージが成立しない」


「もう! 黙ってみてなさいよ。チャージ、シールドバッシュ、バックステップ、そしてまたチャージを繰り返してハメる。でもさ、ハメって仕様的にだめなんじゃないの?」


 ナベルタの下肢に力がみなぎり、耕された芋畑にくるぶしまでめり込ませる。


「ハメる動作が見た目にかっこよく、難易度が十分に高ければそれは技なんだよナベルタ……それに相手側だって、カウンタースキルを合わせることで抜けることだってできるし、でも今はあんまり触れないでおこう」


「うるさい、うるさーい! あんたは、わたしのかっこいい姿を存分に目に焼き付けておけばいいの! 【フューリーオーダー:チャージ】」


 体が一瞬で跳ね、次の瞬間にはかかしがシールドをたたき込まれはじけ飛んでいた。何度も踏み込まれた芋畑に、ちいさなクレーターが次々と作られていく。


 曇天を突くぼやけた光が白刃に収束されきらめき、振り下ろされ、叩き付けられる。あらゆる方向、角度から斬撃が加えられ、かかしはその度に悲鳴めいた軋みを発した。


「神々しくもあり、恐ろしくもある。ナベルタは今、死のダンスを踊っているのか」


 舞うたびに正確に繰り返される斬撃のリズムだったが、徐々に振れ始め、そのうち完全な不協和音になる。


 スキル間隔に微妙なタメを作ることで発動を遅らせ、敵にカウンタースキルを使う間合いを取らせない駆け引きだ。


「どうよ! ナベルタの技!」


 すっくと立つ姿の後ろでかかしがバラバラになり崩れ去る。


「すごいぞナベルタ。うっかり解説めがね君と化してしまった。でもせっかく作ったかかしがかわいそうだ。けっこう力作だったんだけど。あれ、鍋にはへこみどころか傷一つ無い。鍋の部分を攻撃すると思ったのにな」


 拾い上げたアルマイト鍋は新品同然だった。泥さえほとんど撥ねていない。瞬時のタイミングで切っ先が当たらないようにコントロールしていたようだ。


「アルマイトお鍋は職人の手作りなんだよ! 壊せるわけないじゃないのさ」


「それを言うんだったら、かかしだって僕が作ったんだから職人の手作りといえる。鍋の部分は召喚した物だし別に壊れてもいいじゃないか。だいたい鍋攻撃想定で作ったわけで、ちゃんと想定どおりに使ってくれたらもっと練習できたのにな」


「んんもおおおおおぉ! 理屈ばっかりでしつこいし! せっかくお芋さんのお鍋作って、一緒に食べよう思ったのに、もうわけてあげない!」



―ランペイジ一日前



 おびえた羊亭から少し離れた路地で木箱を掲げながら様子をうかがう二人がいた。


「戦闘力の無い街人は見かけクレート、つまりアイテムを入れることができない演出用のお飾り箱を感知できないようになっているんだ。だからこうやって頭に掲げておけば、体全体がお飾り箱扱いになって、彼らからは透明になる」


 どこからかリンゴ売りの少女がやってきて、二人の間にリンゴが詰まった木箱を置く。

「ほんとうだ、全然気がつかないね」


 ナベルタが少女の目の前を手をふらふらと揺らす。


「うわっ、びっくりした! あ、フーラお姉ちゃんの妹の子? リンゴ買ってよ」


「驚かせちゃってごめんごめん、じゃあ一つ買おうかな」


「そういうアクションをしたり、目の前で大きく動いたりすると感知されてしまうよって、結局僕が払うのか。まあいいけど……」


 もう一個、あと一個と三つリンゴを買わされてしまった二人は、上機嫌で去って行く少女を見送る。


「なんでそんな事になるの?」


「検知判定リソースの節約だ、お飾り箱は【注目度0】なんだ、なので検知されないって興味あるのかい?」


「え、ある、あるよ。聞かせて」


 袖でリンゴを磨きながら聞き返す。


「演出用お飾り箱の検知を無くすることでゲームが重くなることを防ぐ。箱はオブジェクト的に死体キャラクター扱いで、そうすることでアイテムドロップテーブルを共通で使えたり、管理できたりと使い勝手がいい。ただ、死体運搬時の【注目度】は運搬時のプレイヤーよりも死体側が最優先される。お飾り箱は箱ではあるものの、【注目度0】、つまり運搬状態のプレイヤーが、【注目】を最初から引いていなければ、【注目】されないというエクスプロイトだよ」


「変なの! でもその事を街の人たちは気がついたりしないの?」


 すでに一つ目のリンゴを食べ終わり、二つ目に移ろうとしている。


「街人は疑問にも思わないよ。エントロピックデーモンがそう決めたからだ。この世界はすべてのルールをエントロピックデーモンに支配されている。お飾り箱で注目されないのも、魔法でスープが温まるのも、古龍が火を吐くのも、すべてルールだ。絶対に逃れられない。ただ、例外はあるよ」


「ほうほう、例外とは?」


 最後のリンゴを奪い取ると腰のポーチにそっと入れる。


「プレイヤー勇者。すなわち僕たちはエントロピックデーモンの監視から少しだけ逃れる事ができる。それが勇者たる所以だ。世界のへんてこさにも気がつくことができただろ?」


「んー……なんだかその話、ネタバレぽくて興ざめだし、聞きたくなかった」


「んんもおおおおおぉ! じゃあ最初から聞くなよ!」

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