第684話 カーラ=ベオーザはため息をつく

 夏本番ではあるが今朝の王都は涼しくて過ごしやすい。


 ここは王都の南西、城壁の外側に隣接するように建てられ住民からは闘技場と呼ばれている施設。


 数百年前までは実際に奴隷や剣闘士を闘わせていた闘技場であったのだが、現在は改修され騎士団の訓練や王都内ではできない危険を伴う実験、魔法の披露などが行われる施設となっている。その使用権は広く与えられていて時間と予算が許せば基本的に誰でも使用可能な施設であった。


 夏祭りの期間、王城や貴族などが主催する魔法研究の発表や、お抱えの騎士、冒険者、魔導師を競わせる模擬戦などが催されており、それは一般にも広く公開されている。


 それらは住民の娯楽であり、目ざとい商人にとっては新たな商機を見出す場でもあり、そして貴族の暗闘の場でもある。


 ルガリア王国は安定した大国だが貴族の暗闘は普通に存在する。その暗闘が貴族における常識の範疇であれば問題はないのだが……。


「ふーむ……、冒険者であるはずなのにどうしてそう騎士の装いが似合うのか……」


 そう呟くのは早朝の陽光に照らされる美しい金髪のショートカットがよく似合う長身の美人、瞳の色はブルー、年のころは三十台半ばか後半、鎧は纏っていないが腰に差した長剣はかなりの業物。カーラ=ベオーザである。


 本日、この闘技場で開催される催しはティジェス侯爵家による新型ゴーレムの披露。


 これには王家からは国王マティアス=レメディオス=フォン=ルガリア、王妃アネット=セレスティーヌ=フォン=ルガリア、そして第一王女であるマリアンヌ=ヴィルジニー=フォン=ルガリア、さらにマリアンヌの婚約者であるジョーナス=イグリシアス=ミュロンドが出席する。


 そしてルガリア王国の南西に位置する大国ドラムグール帝国の重鎮が出席するということもあり、王国からはウッドヴィル公爵家の当主ライナルト=ウッドヴィル、前当主のモーリアン=ウッドヴィル、そしてタルボット公爵家の当主ロナルド=タルボットが出席を決めていた。


 カーラ=ベオーザはそんな出席者達を護衛する騎士達を任された。カーラ=ベオーザはウッドヴィル家付きの騎士であると共にウッドヴィル公爵家が統括している王国騎士団の一つ麗水騎士団で副団長も務めている。


 この国の武官を束ねる位置にいるのはタルボット公爵家であるが、タルボット公爵家が動くのは基本的に対外的……、つまり戦争を想定した場合とされている。今回はドラムグール帝国との関係を考慮しウッドヴィル公爵家が警備を買って出た形になっており麗水騎士団、そしてカーラ=ベオーザに白羽の矢が立ったのである。


 カーラ=ベオーザより位の高い騎士は王城にまだまだいるが、彼女の騎士としての地位を考えればその人選は妥当と言えた。しかし……、


「うむ。この騎士服という装いはよく考えられている。礼節を弁えた形と装飾はあるが動きやすく戦闘の邪魔をしない。見事なものだ」


 呟いたカーラ=ベオーザの視線の先で、青を基調にした麗水騎士団の騎士服を見事に着こなしている美女がそう言ってくる。真紅のロングヘアーに切れ長の目。きりっとした表情がよく似合う。騎士服を纏った状態であっても引き締まった脚線に高い腰、そして見事なまでに張った胸の魅力は健在な……、デボラである。


 カーラ=ベオーザは音もなくため息をつく。


 デボラはミオと共に夏祭りの期間中の周囲に不穏な空気があるというマリアンヌの護衛を買って出た……、というかそんな申し出をミナトを含め彼女達の真の実力を知っている王家や二大公爵家が断りきれなかったというのが正直なところなのだが……。


 ミオは友人として王城に滞在しており今日もマリアンヌの傍でゴーレムのお披露目を見学予定である。そしてデボラは騎士の一人として紛れ込んでいた。


「うむ、カーラ殿よ。不穏な気配も魔力も感じはせぬ。現状は問題ないということでよかろう」


『会場に問題なし』


 闘技場内を確認していた騎士達と同じ回答をデボラが伝える。


 これで現場の事前確認は完了した。これから騎士を何人か残してカーラとデボラは王城へと戻り国王以下来賓の護衛をしつつこの闘技場を訪れることになる。


『何事もなければよいのだが……』


 カーラは王家と公爵家から今回の催しに隠された裏の意図を聞かされている。ミナト達が動いていることも……、そしてミナト達がかなり本気なことも……。


「うむ。心配はいらぬぞ?我らとマスターがいるからな!」


 そう言って笑うデボラ。そしてカーラはため息をつく。


 常識人であり話した相手に聡明な女性であるという印象を与えるデボラだがその実力は単身で王都を火の海にできるほど……、どう考えてもデボラの気に障ることなくきちんと対応できる要員としてこの仕事を任されたとしか思えない、そんな考えが頭をよぎるカーラ=ベオーザであった。

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