第675話 一方その頃……

 これはシャーロットが風の妖精シルフィードの素材を使ったゴーレムに関わった者達へ有罪(破滅ともいう)判決を下す少し前のこと……。



「なんの騒ぎも起きぬ……。王都はいつもどおりの日常を今日も繰り返しておるではないか……。いったい何がどうなっておるのだ……」


 王都の屋敷にある自身の執務室。その窓から王都の様子を窺っていた壮年の男がぎりぎりと歯を食いしばりながら呻くようにそう呟く。


 飾られている装飾品の趣味はともかく大きな屋敷に執務室、そしてその整った身なりは壮年の男が高位の貴族はあることを示していた。


 貴族の屋敷が並ぶ地区のやや奥まったところに建てられているこの屋敷だが、やや高台に位置していることから執務室の窓から王都の様子を伺うことができる。


 夏の日差しに照らされる王都は今日も活気に溢れている。夏祭りが近いこともあって住民はどこかわくわくと楽しげにしている様子が印象的だ。


からの連絡は!?」


 そんな王都の日常に憎々しげな視線を送りつつ、そう語気鋭く問いかける先にいるのは執事と思しき老齢の男性。


「いえ、未だございません」


 それ以上の答えようがないようで執事は只々頭を下げるのみ。


「ございませんで済むものか!バリエンダールは捕らえられたようだがサイリドからは!?」


「そちらもまだ……」


「どうなっている!」


 壮年の男が激昂して紅茶の淹れられたティーカップを投げつける。


 宙を飛んだティーカップは棚に飾られていたお世辞にも趣味がよいとは言えない高そうなガラスのオブジェにぶつかり双方が砕け散るが男は気にも留めない。


「約束が違うではないか!本来であれば……、本来であればあの忌々しい星みとかいう連中は王都への道中で行方不明。王都では女の冒険者が襲われ慰み者にされ、さらには冒険者以外の住民にも危害が及んで治安が悪化。さらには王都に強力で巨大なゴーレムが迫り大混乱になるという手筈だったではないか!?」


 責任はないとはわかっていても目に前にいる執事に掴みかからんばかりの勢いでそう喚き散らす男。


「私がが巨額をつぎ込み完成したゴーレムこそが王都防衛の要になると……、あの薄汚れた冒険者どもに頼るという陛下の誤ったお考えを翻意させるにはこれがよいと……」


 ぶつぶつと呟きながら執務室を歩き回る。


「旦那様、あの連中と手を切っては……」


「いまさら後に引けると思うのか!?あの連中の口車に乗って決断したのは私だがゴーレムの再確認を冒険者ギルドに行わせるためとしてバリエンダールとサイリドを差し向けてしまっておるのだ!その情報は冒険者ギルドを通して王家に伝わっておる!この状況で王家がティジェス家の関連を疑わないわけがない!」


「しかし証拠はございません。我らが知らぬ存ぜぬを通せばそれで……」


「お前は誇りある我がルガリア王国が冒険者などという連中に物を頼むという屈辱が理解できぬのか!?この国において民は我ら貴族に従う。そんな民を導くのが我ら貴族の役目!それをよりによって王都の防衛に民とも呼べぬような下劣な冒険者の協力を仰ぐなどと……、陛下はどうかしておられるのだ!」


 そう声を張り上げる壮年の男……、ティジェス侯爵家当主であるイアサント=ティジェス。彼の瞳には既に狂気が宿っていた。


 ただ、もし執事の忠言に耳を傾けここで引き返していたら彼はもう少しまともな人生を送れていたのかもしれない。きっと天寿をまっとうできていたはずだ。残念ながらそうはならないようで……、


「失礼します。サイリド殿が戻られました。それと……、以前当家にいらしたことのある黒と金があしらわれた司祭服の方もご一緒しております」


 おそるおそるといった様子で執務室に入ってきた一人の使用人がそう伝える。


「来たか!分かった!すぐ会おう!」


 そう答える屋敷の主人の傍にはどうしようもないほどのため息を心の中で吐く執事の姿があった。

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