第662話 エンシェントスライム展開

『もしもこの集団を取り囲むようにエンシェントスライムの群れが現れたとしたら?』


 辺りがすっかり暗くなった街道沿い。B級冒険者パーティ『鉄の意志アイアン・ウィル』が先導する集団の後に続くミナトがそんなもしもシリーズを心の中で呟くと、


鉄の意志アイアン・ウィルの四人はピエールちゃんの正体を知らないからエンシェントスライムが相手だと基本通り一歩も動かずに去ってくれるのを願う行動に出るでしょうね。他の連中の反応には興味があるわね』


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイスの効果継続のためミナトと手を繋いでいるシャーロットがそう念話を返してくる。


『もしも薔薇をあしらった鎧を纏うブラック・スケルトン率いるアンデッド騎士団と鉢合わせしたら?もしも雷光を纏い呼吸の度に炎を吐くアンデッドの巨馬に跨った首を失った闘神ヘル・オーディンが現れたら?もしも双剣を手に前へ!を連呼しながら特攻してくるエルダー・リッチが現れたら?……パターンはいろいろあったりして』


 さらなるバリエーションを提示するミナト。『ファーマーさんエルダーリッチと過ごす楽しい絶望的な夜の森ツアー』よりはマシかもしれないが、夜の森ではどれもヤバめのイベントである。


『ミナト!それだと巨大ゴーレム以上の大騒ぎになるんじゃない?そう考えるとエンシェントスライムもダメよ!ルガリア王家の迷惑にならいよう何事もなかったことにするんでしょ?』


 シャーロットの指摘はもっともだと思うミナトだったが、


『そうかな?むしろピエール以外なら問題無かったりするんじゃない?ほら、王家と二大公爵家は把握済みだし、冒険者にとっては今更だし、ファーマーさんの正体も王都の住民にとっては公然の秘密って感じだし……』


 ふとそんなことを考える。すると、


『そう言われたらそんな感じがしないでもないわね……。時代が変わったのかしら?住民の心が広いというか、おおらかというか……?』


 怪訝な表情となりつつも少しだけ理解を示してしまう美人のエルフであった。


 そんな念話での会話を続けていると一行は街道を外れ夜の森へと足を踏み入れる。


 ミナトたちが巨大なゴーレムと接敵した場所とは随分と別の方角へと進むらしい。


「この地図通りに確認してゴーレムがいなかったら、お前さんたちは納得するんだな?」


 そう話すのは鉄の意志アイアン・ウィルのリーダであるウィル。ミナトはレイス化したままウィルの手元にある地図を覗き込む。ちなみに『私も見たいわ!』と主張したシャーロットをその背に負った状態となっている。


 地図には何やらいろいろと書き込みがされていた。どうやら依頼を受けた際に依頼主となったバリエンダール商会の会長であるグンナル=バリエンダールから渡されたものらしい。


 どうやら地図に書き込まれているいくつかのうち、最もここから近いところから調べるようだ。そうしてその方角へさらに歩みを進めると、


『あ……』


 ミナトが心の中で呟く。索敵範囲によくない気配を感知したのだ。


『ミナトも感じたかしら?ゴーレムかどうかは分からないけど何かがいてこちらを待ち伏せしているのは間違いないみたいね。どうする?』


 ミナトと同じものを感知したシャーロット聞いてくる。


『何も見つけられなかった、がこの探索の結果だから……、ピエール!』


 そう念話を飛ばすミナト。


『ワカリマシタ〜。分裂体を展開しマス〜。敵であれば排除しマス〜。痕跡は一切残しまセン〜』


 ミナトの外套マントから音もなくピエールの分裂体が展開される。


 ピエールが使える分裂は二種類ある。一つはピエールが直接操作する分裂体。これは魂の入っていない作り物デコイの魔法に近いものだ。魔法と判定されるため魔法が使えない空間では使用できないものである。二つめはスキルによる分裂。これはピエールが実質二体になるスキルである。基本的な能力はこの状態では巨大化ができないこと以外は同じで二百五十六体まで増えることができるらしい。分裂体との違いは、分裂による実体それぞれがピエールとして独自に行動するところにある。そのため合体しない限り情報を得ることができないという特徴はあるが魔法ではないためどこでも展開できる利点があった。


 先ほどミナトの外套マントから音もなく展開されたのが魔法による分裂体。冒険者ギルドに置いてきたものがスキルで分裂した別のピエールたちである。


 そんな分裂体が地図に記された各目的地へと一斉に移動を始める。


 エンシェントスライムは人族や亜人がどうこうできる魔物では絶対にない。そんな最強クラスの魔物がミナトにテイムされ誰かの思惑を無かったことにするために動く……、それはまさしく荒唐無稽な内容で……、そんなことの予測や想像ができる者などどこにもいないのであった。

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