第661話 F級冒険者は帯同する

『もう夕方だけど大丈夫なのかな?』

『大丈夫なんじゃない?あの護衛に自信があるみたいだったし……』


 王都から南に延びる街道でそう念話を交わすのはミナトとシャーロットである。既に夕刻、背後に映る王都は夏の夕陽に照らされている。その中心でオレンジ色に輝く王城はため息が出るくらいに美しい。


 しかしもうすぐ暗くなる。王都から延びる街道はきちんと手入れがされており、魔物は騎士団や冒険者が定期的に間引いているし、盗賊なども情報があればすぐに討伐されており比較的安全というのが基本的な認識だ。だがそうであっても余程の緊急事態でない限り夜間の移動は推奨されていない。


 どうやら魔物は夜に凶暴化するらしく強力な魔物が出現する確率は上がるし、命の軽いこの世界では暗闇を移動する者を見た別の旅人が突然強盗に豹変する可能性も決して少なくないのである。


 そんなことをきちんと理解しているB級冒険者パーティ『鉄の意志アイアン・ウィル』のリーダーであるウィルは既に時刻が遅いことを理由に翌日早朝からの再調査を提案したのだが、


「何を仰っているのです!?強力なゴーレムが野放しであれば野営地などを使用している皆様に危険が及ぶではありませんか?私はたとえ夜の森であっても私を守ることができる護衛を自分で用意できます。私のことなどお気になさらず調査を行ってください」


「私もそれで問題ない。私も私の護衛もその巨大なゴーレムは別にしても、たとえ夜であろうが王都近隣の魔物などに引けは取らないからね。B級冒険者の君たちだってそうだろう?私達のことなど気にせず調査を行なってくれたまえ」


 バリエンダール商会の会長であるグンナル=バリエンダールとティジェス侯爵家の家来とされる男のそんな言葉によって再調査は夕刻から開始されることになった。


『言外に鉄の意志アイアン・ウィルだったら夜の森でも問題ないだろうって挑発かな?夜に街道沿いの森に入るのは冒険者ギルドも基本的に非推奨筈なのに……』


 心の中でそう呟くミナト。カレンさんも鉄の意志アイアン・ウィルが再調査の依頼を受けたと聞いて冒険者ギルドとして夜に街道沿いの森の調査は勧められない言っていた。ちなみに最奥部にミナトのお城がある王都の東に広がる大森林へ夜に足を踏み入れるのは危険すぎて論外とのことだった。


『ま、あからさまな挑発だしウィルも分かっているんでしょ?』

『そうだろうけどね』


 そんな念話での会話を交わすミナトとシャーロット。現在、【闇魔法】の絶対霊体化インビジブルレイスが絶賛発動中であり二人仲良く手を繋いで歩いている。


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイス

 全ての音や生命反応を感知不能にする透明化に加えて霊体レイス化を施せる究極の隠蔽魔法。対象は発動者と発動者に触れておりかつ発動者が指定した存在。発動と解除は任意、ただし魔法攻撃の直撃でも解除される。追加効果として【物理攻撃無効】付き。ま、あると便利でしょ……。


 ここにいるのはミナトとシャーロット、そしてミナトの外套マントとなっているピエール三人である。ナタリアとオリヴィアには冒険者ギルドで引き続き星みの方々の護衛をお願いしてある。この二人を相手にしてどうにかできる存在などまずいないが夥しい数のピエールの分裂体も配置してきた。鉄壁である。


 そんなミナトの視線の先……、といっても数メートルも離れていないところに、鉄の意志アイアン・ウィルの四人、彼らが集団の先頭を歩いている。その背後にグンナル=バリエンダールとその護衛、ティジェス侯爵家の家来とされる男とその護衛が並んで歩いていた。


 グンナル=バリエンダールの護衛は冒険者のようだがその姿は冒険者というよりかはならず者の傭兵といったものである。装備は本格的な戦闘用、その雰囲気は星みの方々の里へ赴く際にミナトたちを襲撃した連中に近い。


 さらにティジェス侯爵家の家来とされる男の護衛は一言で表現すると不気味であった。頭から真っ黒なローブを被った集団で合流してからまだ一言も発していない。


『護衛も気持ち悪いけどこの侯爵家の家来って名乗る気がなさそうだね』

『ミナトのBarにくるマティアスは気を使って名乗っていないけど、この場合は鉄の意志アイアン・ウィルを完全に見下しているってところかしら……』


 鉄の意志アイアン・ウィルは冒険者仲間でありミナトのBarのお客様でもあるためちょっとカチンとくるミナト。


『私も私の護衛も王都近隣の魔物に引けは取らない、って言ってたよね。ファーマーさんは王都近隣の魔物に入っているのかな?』

『ミナト……、それはお勧めしない。どう考えても過剰戦力よ。ピエールちゃんにしておきなさい』


 シャーロットにそう言われたので『ファーマーさんエルダーリッチと過ごす楽しい絶望的な夜の森ツアー』の開催を断念したミナトはレイス化したまま帯同を続けるのであった。

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