第645話 真の姿

「緑が綺麗なカクテルね……」


 鮮やかなグリーンが映えるショートグラスを前にそう呟くのは美人のエルフ……、シャーロットである。そんなシャーロットはグラスを持つとそれをゆっくりと唇へと運ぶ。とても絵になる光景である。ゆったりとカクテルを味わうシャーロット。


「メロンの香りと甘さが素敵……、とても甘くて美味しいカクテルね!」


「あはは……」


 素直な感想を述べるシャーロットに曖昧な笑みを浮かべるミナト。ミナトがカクテルを造ったときにしてはぎこちない笑みである。


「ミナト……?」


 シャーロットは首を傾げるが、


「みんなもどうぞ」


 シャーロットの視線には気づかないふりをして他のメンバーやマリアベル、さらにその従者と思われる女性にもミドリ・アレキサンダーを勧めるミナト。


「いただきます〜」

「頂戴します」

「イタダキマス〜」


 ナタリア、オリヴィア、ピエールがミナトの言葉に呼応するかのようにグラスへと手を伸ばした。ちなみにピエールは幼女モードだがスライムであるということは知られたので誰も止めない。エンシェントスライムと知られていないことは少し気がかりではあるが……。


「これは甘くてとても飲みやすいカクテルですね〜。とれも好みの味です〜」

「素晴らしい味わいです。メロンの香りと甘さが豊かで……、そしてメロン特有の青臭さを全く感じない」

「甘くて美味しいデス〜」


 彼女たちには好評のようだ。


「これは美味ですじゃ!これがカクテル……?たしかヒロシ殿も言っておった……、バー……、そう!カクテル!バーテンダーという者が造る飲み物……、こ、これが……?」


 マリアベルが呆然とそう呟く。隣で従者の女性は固まっていた。


「ヒロシって人はカクテルを知っていたみたいだね」


 ミナトの言葉にマリアベルが反応する。


「当時の儂等には理解できなかったことじゃったがヒロシ殿は言っておった。酒を中心に複数の材料を混ぜることで美味しい酒を造り出すカクテルというのがあると……。いつかなんとかというカクテルを造るのが夢だと……。確かトニック・ウォーターなるものの開発に成功したという頃、この地を訪れた際に聞きましたな」


「なるほどね」


 ヒロシが造りたかったカクテル……、それはおそらくジン・トニック。どうやらヒロシはカクテルの再現も目指していたらしい。二百年前のこの世界でどこまでできたのか少し聞きなるミナトであった。


「それよりもミナト、どうしたの?大丈夫?」


 そう言ってミナトの前までやってきて顔を見上げるシャーロット。間近で見るシャーロットは美しさが限界突破である。


「あはは……」


「新しいお酒に出会ってカクテルを造ったときってもっといい笑顔をしているわよね?今回はどうしたの?」


 少し心配そうな美人のエルフである。


「おっと、ごめんごめん、シャーロット。おれはぜんぜん大丈夫だよ。大丈夫なんだけど、このカクテルがね……」


 そう言ってミナトはみんなが飲み干したショートグラスへと視線を向ける。


「ミナト・アレキサンダーがどうしたの?」


「あはは……、このままじゃきっとどこかから怒られる……」


「どういうこと?」


「さっきのカクテルをもう一回造ってみるね。シャーロット、手伝ってくれる?」


「もちろん!」


 そうしてミナトは再度ミドリ・アレキサンダーを造る。


 グラスをシャーロットに冷やしてもらい、用意したシェイカーに材料を入れるのだが、今度は伝統的なレシピに従いブランデーが三〇mL、ミドリと生クリームが一五mLずつ……。


「氷をお願いします」


「はい!」


 シャーロットが手を振るとふわふわと浮遊する氷が出現し、静かにシェイカーへと納められる。


「グラスもお願いします」


 その言葉と同時にショートグラスを覆っていた氷が弾け飛んで虚空へと消える。


 シェイカーにストレーナーとトップを被せる。流れるような所作で構えると素早くシェイク。しっかり混ぜ合わせつつ適温まで冷やす。生クリーム使っているのでしっかりとシェイクすることが肝心だ。


 そして一連のその所作は相変わらず美しい。


 シェイクが終りシェイカーからトップを外すと出来上がったカクテルをよく冷えたショートグラスへと静かに注ぐ。


「どうぞ、これがミドリ・アレキサンダーです」


 そう言ってシャーロットの前にグラスを差し出すミナト。そのカクテルを前にシャーロットは少し驚いたような表情になった。シャーロットだけではないナタリアもオリヴィアも驚いている。いつの間にか青いスライムモードになったピエールがふよふよと揺れている。


「ミナト!このカクテル、緑じゃないわ!」


 シャーロット言葉通り、ショートグラスは薄いブラウンの液体で満たされている。


「そうアレキサンダーって元々がブランデーのカクテルだから色もブランデーの色が強く出るんだよね。飲んでみて?」


「頂くわ!」


 そう答えたシャーロットがゆっくりとショートグラスを口へと運ぶ。


「なるほど……、ブランデーをきちんと感じるカクテルなのね。そこに生クリームのまろやかさとメロンの香りと甘味がほのかに……。ミナト!これも美味しいわ!お酒って感じがするしとてもバランスのよさを感じるカクテルね!」


「最初のはミドリの色と味わいをこれでもかってくらい強調したとても甘口の作り方だけど、こっちの渋い色合いの方も美味しいんだ。カクテルはお酒を感じないとね。でもあの綺麗な色合いも捨てがたかったから……」


「だから最初は基本的じゃない造り方をしたのね。でもさっきの怒られるっていうのは……」


「前いた世界に、かな……、そこもファンタジー!」


 後半は小声になるミナトであった。


「よく分からないけどこっちも本当に美味しいわよ?」


 シャーロットはどちらも気に入ってくれたようである。


「マスター!わたくしにもその代表的なレシピのミドリ・アレキサンダーを頂けないでしょうか〜」

「私も頂いてみたいです!」

「ワタシも〜」


 ナタリア、オリヴィア、ピエールに言われてやっといつもの笑顔になるミナト。


 固まっているマリアベルたちには悪いと思いつつミナトは代表的なレシピでのミドリ・アレキサンダーに取り掛かるのであった。

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